デジモンインフルエンス
第2話「変わる日常」
「腹が減ったぞなんか食わせろ」
アグモンの声が、狼一の脳内に直接響く。 デジヴァイスにデジモンを収納している時の、意思疎通はそのような仕様になっているのだろう。
狼一はまた一つこの携帯機を知る。
しかし、腹が減ったと言われても今は――学校へ向かっている最中である。
柔らかい太陽の日差しの中、サラリーマンや学生が行きかう道を歩く。
「あぁん!? なんだと? 腹が減ったっつてもお前一体なにが食えるんだよ? 肉か? 魚か?」
「うむ、なんでもいい。もしくはお前でも」
狼一はアグモンを殴ろうとしたが、デジヴァイスの中に入っている事を思いだし、更にイラついた。
それにコイツを――この大トカゲを今この閑静な住宅地に出現させるのは狼一にとってリスクが高すぎる。
そしてアグモンの腹の減りの件だが、今は朝方、食い物を売っている店なんてな――
――あった。
「なぁ、お前ってそのデジヴァイスから手だけ出せたりするのか?」
にょき。と狼一の質問に答えるように液晶からアグモンの手が出てくる。
手だけ電子機器から飛び出すその様はえらく不気味である。
それを見た狼一はニヤリと不気味な笑みを見せた。
▽
狼一の自宅から歩いて数分もかからない場所であり、この時間にも開いている店―― ――コンビニエンスストアに、一人と一匹はいた。
社会人や学生達で朝のコンビニは賑わっていた。
狼一はこのコンビニの狭い食料品のスペースに立っている。
傍から見たら今の食べ物を物色しているように見えるであろう。
そこで狼一は手におにぎりをとり、腰のあたりに持っていく。するとデジヴァイスの中から先ほどのようにアグモンの手だけが出てきてそのおにぎりをデジヴァイスの中に引込めた。次にその手がでてくる時にはそのおにぎりはなかった。
その動作で繰り返し食品やお菓子などをひょいひょいとデジヴァイスの中へ吸い込んでいった。
ある程度収納し終わり、狼一は店を出ようとする。自動ドアが開き、足を一歩踏み出した瞬間に──
「コラ君! 何をしているんだ! 今盗ったものを出しなさい!!」
バイトではなく、店長のような年層の店員が、狼一の行為に気づいたのが檄を飛ばしてきた。大抵この手の店の店員はこのくらいの年の若造には注意を払うものである。
「あ?」
「知らばっくれるな!」
狼一の態度に興奮した店員は、狼一の肩にかかっているカバンを勢いよくあける。
が、無論そこには何も入っていない。教科書すらも。
「残念でした、と」
狼一は、両手を手にあげ、舌を出しニヤけた。定員はタジタジになり、失礼しました!と深く頭をさげていた。
▽
昼休み──
給食を食べ終わった直後だというのに、狼一は大量のお菓子を口の中へ運んでいた。
無論すべてアグモンにとらせた物だ。
「お?なんだ狼一その大量のお菓子は?盗んだのかぁ?」
お馴染みの茶髪イケメン、黒木 真が腰につけた鎖のチェーンをジャラジャラ言わせながら現れた。
「あぁ、その通りだぜ」
「……?!」
冗談が言ったつもりの事が真であり、本人が一番驚いている。
「お前ぇほどほどにしとけよぉ? 捕まっても知らんぞ!」
「大丈夫、絶対に見つからないやり方を見つけたからな」
「マジですか狼一さん、面白そうじゃないか!」
狼一の発言に真が食いついた。その表情は悪意で満ち足りている。
「お前今日暇か?」
「俺にとっての暇とは暇ではなく一人の時間をヒシヒシと感じる──」
真の意味のわからない論弁を最後まで聞かずに狼一は口を開いた。
「面白いモン見せてやるよ、それもとびっきりの」
▽
同日、放課後。
川、そして草原や野球場などが存在する広場――土手に二人は足を運んでいた。
太陽は夕日へと変わっており、その夕日が川に反射し、とても美しい夕焼けの背景を彩る。
その背景をバックに狼一と真は立っていた。
「なんだよこんなとこまで来て。あぁ夕日が綺麗だなぁ! で、なんなのよ ?面白いモノって??」
誕生日プレゼントを開ける直前のように、楽しみに満ち溢れた顔をして、真は言った。
こんな所まで連れて来させられ、若干真はイラついていたが、それでも狼一の言う面白いモノへの興味が上回っていたようだ。
狼一はまぁそう慌てるなとポケットの中に手を突っ込みデジヴァイスを取り出した。
「これだよこれ!」
「……? それは昨日部室で拾ったポケベルじゃないか、それがすごいもんなの? 変形でもすんのか?」
「まぁ見てろって、アグモン! 出て来い!」
狼一がそう言った直後、もうそこにはいた。恐竜の子供のような黒い生物が。
「ふぅ…やっと出れたのじゃ」
「うわわぁぁぁあああなんだコイツ……!!」
真が驚きのあまり飛び跳ねる。
まぁ無理もないだろう。
15年生きてきた自分の常識がこうも簡単に変わってしまうのだから。
しかしそんな真の様子も顧みずにアグモンは再び口をひらいた。
「む、なんじゃおまえは」
「狼一ぃ? コイツいったい何者なんだ??」
「俺にもよくわからん」
狼一はとりあえず昨日アグモンから聞いた事をそっくりそのまま、真に話した。
デジモンの事、デジタルワールドの事、パートナーの事。それはそれは真は驚くばかりだったが、大分落ち着いてきたようだ。
「コイツ、噛む?」
「いや、それはないな」
「殴る?」
「それもない」
「蹴る?」
「それもない」
そうかぁ……。真は呟き、恐る恐るアグモンの頭を撫でた。
なんじゃ。とアグモンは抵抗する事なく撫でられるままに撫でられている。
「ウハハなんだこいつ!なんでおじいちゃん口調なんだぁ?!」
その点にはおいては狼一も理解に苦しんだが、気にしない事にした。真はまだアグモンを撫でている。
「いやぁかわいいなぁ、アグモン!でもこいつでどうやってあんな大量のお菓子を盗んだんだ?」
「あぁそれはな」
狼一は今朝と同じようにアグモンに支持をだし、デジヴァイスの中に収入させ、デジヴァイスからアグモンの手を出したり引っ込ませたりの動作を繰り返した。その光景は相変わらずとても不気味である。
「なるほどぉそういう事かーしかし狼一、よくもまぁそんな事思いつくよなぁ…」
「そうか?まぁなにはともあれこいつはなにかと便利なベンリ君なワケ! そうだアグモン、お前他に必殺技とかないのか?」
「ある、あったような気がするが思い出せない」
「んだよ。 なんとか思いだせって! こう体が覚えているだろ!?」
そう狼一は言い、アグモンの体をいろいろ動かしていた。手を伸ばしたり頭を振ったり、そのうちにアグモンの体が人間でいうクシャミをする前のように頭が上に向いた。そして人間でいうクシャミのような事をした。
刹那。
ドガンと大きな衝撃音と共に、地面には芝生は愚か、土も抉れ、直径2m弱の小さなクレーターのような穴が空き、煙を立てている。
「うおおおうかっけー!!」
叫ぶ真の隣で狼一は黙り込む。無理もない、クシャミをするような動作をしたアグモンの口からその口以上の炎の塊が勢い良く飛び出しこの目の前の状況を作り出したからである。
狼一は思った。これに勝る火を出す物といえば、ガスレンジ、否、火炎放射機、否、拳銃、否、大砲……。そんな代物を俺が持っていていいのだろうか。
さすがにこれはまずいんじゃないか?と疑問符を浮かべざるを得ない出来事だった。
「くぅおおらあ!! お前達何をしているーー!!」
そんな事考えていた間もなく、頭の寂しくなった小太り中年の親父がゴルフクラブを振りまわしながら罵声をたて近寄ってくる。
恐らく目の前にあるこの穴が出来た時の衝撃音を聞きつけてやってきたのだろう。
しかしこの土手でゴルフの練習をする事も禁止されている。
「うおっ、やべっ」
二人は即座に走り始める。
真のチェーンが重そうにジャラジャラ音を立てているので、どこに逃げているのかすぐにバレてしまうと思ったが、親父は狼一達よりまず先にあの穴のほうに興味が向いたようだ。
驚きと諦めの表情でジロジロとその穴を眺めた後、我に帰ったようにあたりを見回した時には、狼一と真は草むらに隠れていた。
この川沿いの草むらは放ったらかしなのか、ものすごい長さであり、狼一の身長、170cmほどあり、中に入ってしゃがんだらほとんどまわりからは確認できない。
あたりがもう暗くなってきたせいもあったのか、親父がキョロキョロと動き戸惑っている。
「ふぅ、なんとか逃げられたみたいだな狼一」
「そうみたいだな………あ」
狼一はものすごくアホっぽい一声を放った後、顔を濁らした。
「どうした?」
「アイツ忘れた」
狼一は先ほどまで自分達がいたとこを顔を上げ顎で指した。
そこには穴を空けた犯人を探している親父の前に立ち尽くしているアグモンがいた。
デジヴァイスを操作するも、この距離では収納する事はできないらしい。
狼一はただハラハラしてその様子を見ていた。
あんな生き物がバレたら問題になる事は確実だし、なにより自分のものが奪われるのが嫌だった。
「おっ、行ったみたいだぞ」
親父は一行に見当たらない二人を探し疲れ、納得いかない顔でその場を去って行った。
アグモンの元へと戻り、真は、よかったなー見つからなくてー。とアグモンの頭を撫でている。
「お主らどこに行っていたのじゃ!!」
と怒っているアグモンをよそに狼一も心の中では安堵していた。
「よし、じゃあ夜も遅い事だし、帰るとするか」
「えぇ!? まだアグモンと遊んでいたいのに!」
アグモンの実力と真への自慢が済んだところで狼一は話も聞かずに歩き出し、渋々真もついていき、アグモンも何も言わずに後ろを歩いた。
「なぁ…今の時期ってこんなに暑かったけ?」
「今日は天気もよかったし、こんくらいだろ」
「狼一ぃ、腹減ったのじゃ」
夕方から夜への切り替わりは早いもので、あたりは完全に暗くなっており、通常ならば昼間に比べて温度も低くなるのだが、今現在の気候はそうとも言えなかった。歩いているだけで少し汗ばむほどで、しかも除々に暑くなってきている。
「おい!! これ絶対おかしいって!!」
真の言う通り、確かにおかしい。明らかにこの温度は夏である。5月の夜だというのに、こんな温度はありない。
と思った瞬間、あたりが急に明るくなった。
近くでキャンプファイアーでもやっているような光が後ろから二人と一匹のシルエットを残し籠もれていた。
後ろを振り返った瞬間、狼一は驚愕のあまり思わず口を開けた。
巨人がいる。
口を糸で縫っているような形状をし、体は炎で埋め尽くされた巨人。
明らかにこの世界の者ではない。
すぐさま真も後ろを振り向き、声にならない悲鳴をあげ、ひざまづいた。
「おい……こいつはお前の仲間かアグモ──」
「ぐれんの炎!!」
狼一が喋る間もなく炎の巨人は手から炎の塊を発してきたが、間一髪で咄嗟に体を後ろにずらし避けた。
「奴はワシの仲間ではない、寧ろこっちに敵対心を持っている」
そんな事言われなくてもわかる。狼一がアグモンの言葉に対してそう思った時、デジヴァイスが甲高いと電子音を鳴らした。取り出してみると、ドットマトリックスでアルファベットが表示されている。
【Meramon】
「メラ……モン……?なんだこれは―――」
考える間もなくメラモンの第二陣の炎が先ほどよりもスピードを増して飛んできた。
うおっと狼一はスレスレで横に飛び直撃は免れたが、炎は腕を掠め、学ランの一部が無惨にも焼け焦げ腕も軽い火傷を負う。
その感覚は熱いというよりも――痛い。
「おい……これは洒落になんねえぜ……」
生命の危険を感じ取った狼一は腕を抑え、顔を歪ませる。
「ベビーファイアー!」
突如アグモンの口から先程土手の土を抉った炎球が出された。 しかしそれは、もともと炎の体を持つメラモンには効果がなそうに見える。まるで、ただのボールでも当たった程度の衝撃しか与えられず、吸収されるように消えていった。
「アグモン!コイツは一体何モンなんだ!?」
「メラモンだ。按ずるな、お主はワシのパートナー……守ってやる。」
これがすごく強そうな図体をした奴に言われるのならすごく安心し、ありがたい言葉だ。
だけど、アグモンのトカゲのような体に、攻撃が全く効かない事を見させられた直後では、安心など出来ない。
しかし──守ってやる。か。その言葉だけ狼一の頭に引っかかった。
メラモンは一歩一歩とこちらへ近づいてくる。狼一は腰を抜かし尻餅をついている真を見る。
「うおおおおなんだんだよこいつはあああ怖いけどかっこいいよおおお」
真は馬鹿でだった。
狼一はとりあえず彼の事について思考するのをやめる。
「アグモン、とりあえず走るぞ!!」
狼一が走るとアグモンもその背中に続く。
狼一にとってこれは一つの賭けだった。
が、予想通りメラモンは真の事を見向きもせずに、二人の方――狼一とアグモンを追いかけた。
二人は高さが一mほどある草むらの中に、しゃがみ、身を潜めた。
しかし、一度通った草むらは轍が残り、自分達の居場所は明白にバレている。
雄たけびをあげ、草を焼け払いながらメラモンがこちらに向かってきているのが、近づいてくる熱の温度が上がるにつれて確認出来た。
「いいか……アグモン」
そこで狼一は何か策が思いついたのか。アグモンの耳で何やら囁き始めた。
少しの間その状態が続き、アグモンは了解した。とだけうなずいた。
▽
だだっ広い草むらで、姿が見えないが茂みが二手に分かれて動き出す。
狼一とアグモンがそれぞれ違う場所に姿を隠しながら中腰で走り始めたのである。
メラモンはその片方に標準を定め草むらをその体で焼き払いながら、追いかける。
狼一とアグモンどちらを追いかけているのかはメラモンには把握できないはずだが、二者択一に賭けたのだろう。
メラモンが歩くと舗装されたように道が続いていき、ついにその道は川岸間際までやってきた。
そして茂みの動きは川岸で止まりメラモンも止まって手を大きく振り上げた。
「バーニングフィ───!!」
「今だ!!」
掛け声と共に、メラモンの目前にいた狼一が横へスライディングし、その瞬間背後に回りこんでいたアグモンのベビーフレイム!
雄叫びと共に口から発射された球体の炎が残像をつけながら、メラモンの背中にドスンと衝撃を与えた。
その攻撃そのものは相も変わらずメラモン自身に大きなダメージを与える事はないが、メラモンは不意打ちの背後からの衝撃にによって前のめりになり、川へと転落した。
メラモンは川で溺れ、水のせいで体の炎が弱くなっていた。
「おらおらおらおらぁああ!!」
狼一は、近くにあった大きめの石をメラモンに不格好なフォームで投げつけている。アグモンはそれをマネしたのか、生えていた草をむしり取って投げている。
「馬鹿野郎! アイツの火力増そうとしてどうすんだよ! 土でも投げとけ!」
そう言われたアグモンは、デジモン扱いが悪いやつだのう。と土を掘りメラモンにまき始めるがほとんど効果はないように見える。やがて、メラモンの動きが遅くなり、止まった。
メラモンは下半身から消滅していき最終的に小さな球体の光となり狼一達の頭上を飛んでいった。
「やった……のか?」
「どうやらそうみたいじゃの」
「はぁ……あいつは一体なんだったんだよ一体っ!? マジで死ぬと思ったぜ……」
狼一は安堵した表情を浮かべその場に腰を下ろし、メラモンによって切られた制服と傷痕を見る。
これが何かしらの事故でついたものならば特に何も感じない。
しかしデジモンという存在。それしかわからない謎の生物に殺されかけた時についたものであるという事実に狼一は恐怖を感じた。
「何者かはわからない、しかしワシらのコンビネーションは中々のものじゃったと思うぞ。流石ワシのパートナーじゃ」
「ふっ……それはどうもありがとさん。」
狼一は興味なさげな口調だったが、顔は微笑んでいた。
「おぉぉい! 大丈夫か〜!?」
一体お前はどこにいたんだ。
というツッコミが相応しいタイミングで真が走ってやってくる。
「あ〜もう……。 面白いぜ全く」
続く。