デジモンインフルエンス

第4話「ドロップ×雨」



 

 この世界は、我々の住む世界に影響を与える表裏一体の存在である。
と聞いていたが、今見渡している風景はまるで我々の住む場所とはかけ離れているではないか。
異形の者は、広がるコンクリート建物の屋上から、かつて心に頂いていたリアルワールドの群像を描いては、心の中でぼやいた。

 

 

(本当、何もねぇ街だな)
学校の屋上のフェンスに背を任せ、狼一は灰色の曇り空に覆われた自分の住む街を横目で眺める。
周りは田園だらけで、そこを抜けるとあとは団地やマンションの密集地。昔と何も変わっていない。どころか、この梅雨の空の元では寂れてきているような印象すら受ける。
こんな遊ぶところも特になく、狭い学校に大人数と閉じ込められ、閉塞的なこの空間に、窒息死しそうな嫌悪感を覚えていた。
しかし、ここ最近はそれをゆうに打破する刺激があるにはあった。

「おい、狼一そろそろまた練習するぞ」

 狼一の隣にいる、灰色の大トカゲ、もとい小さすぎる怪獣もとい、異形の者デジタル・モンスター──アグモンが口を開いた。

「そうだな、そろそろ汗も乾いたことだし」

 狼一は梅雨時で、他の学生が夏服に衣替えする季節にも関わらず、学ランを着用していた。

「だからお主、そんな暑そうなもの脱げばよかろうに」
「馬鹿野郎、こんな時期に夏服なんか着てたらナメられるっちゅうに」
「まぁ、良い。ほれ、始めるぞ」
「了解っと」

 狼一はデジヴァイスを手に持ちボタンを押した。

 ――シンクロモード・ムシャモン!

 アグモンの姿が、トカゲのような姿から一転、甲冑を身にまとった武者のようなデジモンに姿を変える。同時、狼一とアグモンの五感が共有された。

「いちっ、にっ、いちっ、にっ」
ムシャモンがリズミカルに、左右の腕を前面に押し出す、いわゆる正拳突きのローテーションを始めた。
しかし、それを意識して動かしているのはムシャモンの頭ではなく、その後ろにけだるそうに立っている狼一の頭だ。

 あれから──ゴリモンとの戦いからまた幾度か、デジモンが現れ、その度に狼一とアグモンは命をかけて戦い、生き抜いてきた。
戦いを通してわかった事は、この武者のような形に変化することは進化というらしい。
そして、進化した状態になると狼一とアグモンの意識は共有される。
痛みや疲れといったものは共通されるが、体を動かすなどの命令信号は狼一からアグモンへの一方通行だ。
この厄介な機能のおかげで、何度か二人は死を間近に感じたこともあった。
例えば、ゴリモンの次に現れた二足歩行で歩く牛の場合は、狼一とムシャモンの意思の統一がうまくいかず、立ち往生となり、その恰好の餌食になったりだとか、そういうことだ。
ゴリモンの時のような、狼一の戦略とアグモンの闘争本能をうまくコントロールすることが出来れば、次の対デジモン戦を生き抜くことが出来るだろう。そう踏んだ二人は、毎日昼休みにここ、学校の屋上にて意思の共有を生かした連携プレーの特訓を行っている。

「いちっ、にっ、さんっ」

 今度は刀を抜いての素振りだ。
動いているのはムシャモンだけだが、同等の疲労を狼一は味わう。
それに加え、ほとんど1、2週間に一度のペースで現れるデジモンとの対戦で、傷も癒えずに、湿った空気の中での単純な運動は、命に関わる特訓とはいえ面倒であった。
狼一はふと部活を今より真面目にやっていた時のことを思いだす。

 (今もあのまま練習を続けていれば、この特訓もそんなに苦ではなかったのだろうか……)

「よし、また休憩だ」
「また随分とはっやいのう! その調子だといつ敵にやられてもおかしくないぞ!」
「そん時はお前に任せるよ」

 そう言い狼一は、カバンからサイダーを取り出し口にした。
汗ばんだ体に、染み込むような冷たい炭酸水が非常に心地いい。

「ぎゃああああああああああああ」

 途端、ムシャモンが叫びだす。

「そのシュワシュワするやつを飲むのをやめろと言ったじゃろう!!」
「あぁ、そうかそうか忘れてた」

 狼一はデジヴァイスのボタンに手をかけシンクロモードを解除する姿勢をとるとみせかけサイダーを一気飲みした。

 ガチャリ。と、丁度狼一達の目の前に位置していた屋上のドアが開く。
同時に狼一はデジヴァイスにムシャモンを収納したため、屋上に児玉していた彼の絶叫は途絶えた。
入ってきたのは学ランの男三人だ。
内二名は茶髪に、学ランのインナーには赤のロングTシャツ、踏みつぶした上履きには2年生であることを示す赤のラインが入っている。典型的な不良だ。
他一名は、髪こそは茶髪だが、制服の着こなしは普通であり、なによりその染めた髪の毛を不良の片割れに掴まれ屋上に連れてこられている様子は、とても友達三人組というわけではなさそうだ。

 二名の不良は、ドアを開けたとたん狼一に気づき睨みを利かしてきたが、そのままドアの建物の影へと少年を、髪を掴みながら引きずっていった。
狼一の死角となったその場所からは、すぐさま鈍い音が聞こえてくる。決して、甲高くはない、衣服が微妙に擦れ、低く、重たい音。
リンチが行われているのは明白だ。

 察するに、突如髪を染めてきた少年に、「誰に許可とって髪染めてきてんだよ」とイチャモンをつけられたのが、リンチにあっているおおまかな理由であろう。
殴る蹴る殴るの音が鳴りやまず、徐々に不快の念が湧いてきた狼一はその場所を覗きにいく。
案の定、丸くうずくまった少年が、不良二人に抵抗するまもなく、なすがままに暴行を受けていた。

「おい、そこらへんにしとけよ、死んじまうぞ」

 気づいたら口にしていた。

「あ?」

 不良の片割れが狼一のほうに振り返る。蛇のごとく牽制した目つきを突き刺し、狼一の前に立った。もう一人も、リンチを止め、こちらに歩みよってくる。
二対一。
下級生二人相手とはいえ、相手は喧嘩慣れしている不良二人。
分が悪いのは明白であったが、いざとなればアグモンを使えばいい。
ただでさえ、デジモンの件でゴタゴタしているのに、なぜまたこんな面倒な事に首を突っ込んだのか狼一自身よくわかっていなかった。

「三年だからってナメてると、お前もボコるぞ?」

 狼一は胸ぐらを掴まれ、不良は右手の拳を上げる。

「やってみろよ」

 不良が拳を下す。

「やめろ。そいつは俺のダチだ」

 寸前で、不良の手が止まる。
いつのまにか、隣にその声の主であり、狼一のよく知る男の顔があった。

「お前ら、もうソイツ連れて中入ってていいぞ」

ウッス……。と言いながら不良二人は男の言うままに、顔が痣だらけになった少年を引きづりながら校舎の中へ戻っていく。

「よう、狼一ぃ」
「珍しいな、お前が学校にいるなんて、赤神」

 男、赤神健吾(あかがみ けんご)は、狼一の幼馴染――であると同時に、この学校のカースト最上位中の最高位──不良グループのリーダーだ。
身長、体格、顔の形までがどこか狼一と似ているが、彼の身を装飾しているものが狼一とは全くの別人に見せていた。
内側に刺繍の入ったサイズの大きな学ランに、中には赤のタンクトップ。その隙間から垣間見える鍛えあげられた筋肉。耳にはピアスをジャラジャラと皮膚が見えなくなりそうなほどに付けられおり、足元は喧嘩用に固い素材で出来た安全靴を履いている。 
そして、一番目立つのが、狼一と同じく名前からもじったのか、ワックスで上部を立たせた、紅の髪色だ。
この学校でここまで目立つ格好が出来るのは、不良のリーダーである赤神の特権であろう。
無論、教師は心の中では許してはいないだろうが、二年生時、彼がとある数学教師を殴って鑑別所に行ってからは注意する教師も徐々にいなくなっていった。

「お前に会いたかったんだよ」
「本当かよ」

 赤神はニヒルな笑みを浮かべ、胸ポケットから煙草を取り出した。

「お前も吸うか?」

おう。と狼一は手を伸ばすが、赤神はひょいと、煙草を持った手を上げた。

「お前はだめだろう、陸上部なんだし」
「いいからよこせっつの」
「だめだめーお前はコレ」

 赤神は、今度はポケットから缶を取り出す。昔からあるオーソドックスなドロップ飴だ。

「おま、なんでそんなもん持ってんだよ」
「コンビニに置いてあってよ、なんか懐かしくなってパクっちまった。ほれ、やるから手出せよ」

 狼一は納得いかない表情で、手を出す。
赤神はフタを開け、狼一の手のひらで缶を振ると、カランという懐かしく心地のいい音と共に、白い飴が飛び出た。

「しかもハッカかよ!」
「ハハ、ソイツって実際はずれだよな」
「あぁ、俺たちって感じするけどな、だから煙草よこせって」
「駄目だっつーの。だいたいお前はまだハズレじゃねーよ」
「ハズレだろ、ハズレもハズレ。部活どころか勉強もろくにやってないし、挙げ句下級生にボコられるとこだったんぞ?」
「俺が守ってやったじゃねーか」
「あぁ、まぁサンキューな」

 赤神はオイルライターをカシャンと響かせ煙草に火をつけた。一方狼一はハッカのドロップ飴を口に入れる。決して甘くはないが爽快な味が口内中に広がる。

「んな事言ったらお前もまだハズレじゃねーよ」
「俺は、どう見てもハズレだよ」
「お前……喧嘩強いらしいんだし、格闘技とかで世界目指すとかはどうなんだよ?」
「だめだめ、そんな真っ当に生きられる人間じゃねーよ」

「いや、そんなこと――」
赤神は煙草の煙を吐き出す。
「俺はもうこれだからよ」

 赤神は狼一の言葉を遮るように、ガッツポーズのような姿勢をとり、手の甲を前面に押し出した。
暴力で酷使し続けボロボロになった拳の皮、しかし、それよりも特に目をひくものがあった。
火が付けられたままの煙草を押し付けた火傷の跡。
しかも一つではなく何十にも押し付けられていた。その高温火傷の跡は、二つの線を引いており、互いが互いにクロスしていた。
手の甲いっぱいに広がる、根性焼きでつけられた?(バツ)印。
狼一は不意に見せられたその火傷に、つい言葉に詰まる。見かねた赤神が、吸っていた煙草を投げ、話を続ける。

「というわけだから、そろそろ行くわ。久々にお前の顔見れて満足したからよ」
「おう、また学校来たときにでも会おうぜ」
「じゃあな」

 赤神は狼一に背を向け、下ズボンのポケットに手を突っ込みドアへ向かう。
(……!)
その時、赤神のでかい学ランが少し捲れた瞬間。
一瞬ではあったが、狼一のよく知るものが腰につけられているような気がした。
(まさか………そんなわけないよな)
狼一はデジヴァイスを取り出し、見つめる。

「なんか変な恰好のやつじゃったのう」
「お前に言われたくはないだろう」

 デジヴァイスを取り出すなり、勝手に出現したアグモンについ条件反射で、狼一はすぐさまツッコミを入れてしまう。
日々のトレーニングの成果がこんなところに出てしまうのはいささか納得がいかなかった。
アグモンを後目に狼一は歩き出し、フェンスに寄りかかる。
ドロップ飴を舐めながら、久々に顔を合わした赤神とのことを考えずにはいられなかった。

 

 

 赤神との出会いは小学二年生時。担任教師が朝礼に連れてきた転校生の赤神に、狼一の隣の席を指名したときから交友関係が始まる。
何がそんなに気が合ったのかは思い出せないが、とにかくすぐに仲良くなった。
必ず毎日二人で飽きる事なく遊び、誕生日にはお互いの家で家族同士の誕生日パーティを開いたりもする、絵に描いたような親友像であった。

 当時から似たような見た目だった二人の決定的な違いは、狼一はいわゆる凡人タイプとするのならば、赤神は天才肌であったという事だろう。
赤神はスポーツに勉強、何でも出来た。腕っぷしも気も当時から強く、他校の小学生や中学生までにも絡まれた時は、狼一やその周りの友人達を守ってくれた。

 そんな赤神の背中をずっと見てきた狼一だったが、小学五年生の運動会の時、唯一赤神に勝てるものが見つかった。足の速さである。
赤神の勧めもあり、中学入学時に、狼一は陸上部に、赤神は持ち前のリーダーシップを生かすために、生徒会に入った。
そこが分かれ道だった。
何でもこなしてしまう赤神は目立ち、先輩から見てかわいくはなくはなかった。小学校の頃に喧嘩で倒した中学生もここでは先輩後輩という上下関係にある。
徐々に、上級生の不良たちの目に止まり、赤神はある日、先輩たちに呼び出された。
心配する狼一に笑いながら赤神は大丈夫。と言いながら指定された学校横の運動公園に向かい、何十人の上級生の不良と対峙。
なすがままにリンチにあい、最後は押さえつけられ、あの手の火傷をつけられた。
それから暫く赤神は学校に姿を見せず、狼一が彼の親に会えるように説得しても口を閉ざされた。そして数か月後、やっと赤神と対面した時は既に、赤神は今の赤神だった。
どうやったのかは知らないが、彼の事だからうまく不良一人づつ潰しにかかり、上級生も逆らえない不良のトップに上り詰めたのだろう。
後に知り合うスクールカースト二位のグループ、サッカー部に所属する黒木から聞いた話だ。
何が彼をそうまでさせたのか、狼一は今でもわからずに、考える。

 

 

「なんだかよくわからない話じゃのう」
「お前、もしかしてシンクロモードになってないときも思考が読めるようになったのか?」
「どうやらそうみたいじゃの」
狼一の顔が引きつる。自分の頭の中を第三者におおっぴろげにするほど嫌なものはない。今すぐこの異形を段ボールに入れて、道端に置きざりにしたい衝動に駆られた。
しかしそれは次の対デジモン戦での死を意味する。
苦渋の決断で、我慢する。

「まぁ……お前にはわからないだろうな」
「うむ、全くわからん」
アグモンに狼一の意思は読まれているが、逆にアグモンの頭の中の中は全く見えない。記憶喪失だから当然なのかもしれないが、そもそもこんな感情を抱く事がこの異形の者にあるのだろうか。

「お前は元の世界に友達とか知り合いとかいたのすら思いだせないのかよ」
「わからんなぁ……」

 記憶がない。という事は、ある意味絶対的な孤独という事で、それはそれで、つらいものなのかもしれないな。と狼一は薄らながらに悟る。

「しかし、お主と奴みたいなパートナー同士に近しいものは、心地いいもじゃな。いまの奴を見ると苦しそうに見えるが。お主も」
「黙れよ」

 まさかの、アグモンからの苦言にばつが悪くなった狼一は、校舎に入るドアに向かう。丁度昼休みも終わりに近づき、飴も舐めつくした。

 ドアを開け、階段を降りようとすると、踊り場に黒い固まりが見える。
殴られ続け、痣だらけになって倒れている学ランの少年が3人。先ほど絡んできた不良二名もやられている。
(赤神、か……)

 

 

 その日、狼一とアグモンは、ゴリモンに襲われたあの森で、昼休みうやむやとなっていた特訓を再開した。
デジモンに遭遇する可能性もある危険な場所ではあるが、人目につくのも煩わしかったので、狼一は専らこの森を練習場所としている。
アグモンは途中――刀の素振りを1000ほど繰り返した頃。もういいじゃろうと根を上げていたが、狼一は特訓をやめなかった。
日が落ちても、学ランが汗に浸かるほどに刀を振り続けた。頭にこびり付いた赤神の事を振り払うように。

 

 

 自宅に帰るなり、母親から黒木から電話があった事を聞かされた。
さんざん今日も学校で、バンドの話を意気揚々に喋っていたのにまだ話す事があるのか。疑問符を浮かべながら狼一は黒木の携帯番号をメモした紙を見ながら、リビングから自室に持ってきた子機の数字を押していく。

「おおう狼一やっと帰ってきたか! どこいってたんだよ! ていうか携帯ぐらい買えよ!」
「用件はなんだよ」

 狼一はけだるそうに、汗ばんだ学ランに手をかけ――

「いや、それが――」

 ――脱ぐのを――

「赤神が――」

 ――やめた。

 

 

 (急にどうしたんじゃ狼一)

直接脳内に話しかけてくるアグモンの声も今の狼一には聞こえない。
先ほどまでは降っていなかった霧雨にぶつかりながら、狼一は夜道を全力で走る。
目的地はあの運動公園。

 結局は。
結局はずっと守られ続けていた。
あいつに。
赤神健吾に――。
だけど今ならば。

 先の黒木の言葉が頭の中を児玉する。
「あいつ、最近そうとう無茶やらかしててさ、ヤクザにまで手出してたみたいなんだよ。 おかげでついに本気で怒らせて今日本業の方々が話をつけにくるみたいだぞ。 街中のあいつの傘下の不良グループやおまけにサッカー部まで収集がかかって返り討ちにするみたいな話になって――」

これほど、陸上部の練習をサボり続けた事を悔やんだ事はない。
霧雨が完全に雨に変わった頃。
ようやく狼一は運動公園にたどり着く。
だが、人の声は無論、姿形も見えなかった。
もしかして黒木の勘違いだったのか、それとも場所を間違えたか。
狼一は闇夜の暗さと雨で視界の悪くなった運動公園を更に中央に進む。
(これは……)
倒れる刺青の入ったスーツの大人達、そして、様々な制服や私服の少年たち。
中心には、ぼんやりと浮かぶ二つの人影があった。
その内の一つは赤神だ。

「よぉ狼一ぃ奇遇だなぁ。 なにしてんだよこんなとこで?」
「お前がやったのか?」

 否。
後ろに立つもう一つの影。
赤神の身長をゆうに二倍は超え、黒いズボンを履き、上半身は何も身にまとうことなく、強靭に鍛えあげられた筋肉をむき出しにしている。そこまではどうにか人間らしいと言えるが、首から上は獣のような顔をしており、獅子のような金色のたてがみを、雨水にしたらしながら、その異形の者は凛と背を伸ばし仁王立ちをしていた。

「ちょうどいいや、お前にもいいもの見せてやるよ」
「お前を助けようとした皆までやったのか?」
「あ? いいからコイツ見ろって」
「あいにくだがな……」

狼一は、デジヴァイスを取り出して赤神にかざした。
同時に後ろには、シンクロ化したムシャモンが立つ。

「なんだ。 お前も持ってたのか、じゃあ俺のレオモンと対戦でもしてみっか」
「やってやるよ」

気づいた時、狼一の顔は憤怒の思いで歪められていた。
突如、赤神がレオモンと呼んだ異形の者をテクスチャの線が囲い、卵のような球を形成する。
アグモンがムシャモンに進化した時と同じだ。

「おぉ、丁度良いタイミングで進化するみてぇだな――」

 笑う赤神の前で卵が破裂する。
中から出てきたのは、先ほどのレオモンと基本的な部位こそは変わってはいなかったが、金色の髪は黒く染まり、体色は紫に染められ、凛々しい背は丸まりながら口から白い息を吐き、こちらに赤い目を光らせていた。
狼一は違和感を覚える。
進化は強くなるもの。という認識を持っていたがこいつの場合グロテスクな形になっただけではないか。

「殺す……」

 様子が変わったのは、レオモンだけではなかった。
赤神の目も、紅に染まり、狼一を睨みつけている。

「助けなんていらねぇんだよ……今さらよ……殺してやんよ全員……お前も」
「グオォオオオ」

 レオモンが咆哮を上げ、こちらに向かって突進を始める。

「狼一、奴の様子が何かおかしいようじゃぞ」
わかっている。しかし――。
レオモンが狼一とムシャモンの目前に迫る。
赤神の異変に気づくも、とりあえず今は仕方ない。
ムシャモンが刀を構えた。

 刹那。
光色の矢が、周囲の夜の闇を照らしながら、レオモンを貫いた。
紫の獅子の動きはそこで止まり、弾けとぶように、体を粒子にして消滅した。
同時、バタリと赤神は倒れる。

 一瞬の出来事に骨の髄まで体が硬直した。
ハッとなり狼一はやっとの思いで体を走らし、赤神に駆け寄る。

「おい! 赤神!! どうした!? 大丈夫か!?」

 上半身を抱き寄せると、まだ微かに息はあるようだった。

「狼一……」

 赤神に――。

「なんだ!?」

 ――守られ続けていた。
自分は彼を助ける事が出来ずに――逃げた。
今度こそ。今度こそはとずっと……。

「ごめんな……また今度一緒に遊ぼうぜ」
瞼が閉じる。

「あ……かがみ……」
狼一は凝固した首をゆっくりと矢の飛んできた方角へ向ける。

「やれやれ、"選ばれてはいけない子供たち"の暴走がここまで進んでいるとは……」

 

 

続く。

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