デジモンインフルエンス
-エピローグ-
デジモンインフルエンス-エピローグ-▽
ドームのように広がる青空の中。
一つだけ浮かぶ白い雲。
さんさんと輝く太陽は、Yシャツを汗で濡らす。
▽
もう中学二年生なのに、いささかブラコンすぎではないか?
そんな世間――友達やお母さんたちの声は、太陽の下で汗を垂らしながらセーラー服姿で走る私の耳には入ってこなかった。
ていうかいつも入ってこない。
たぶんこのあたりだと思うんだけど――目的の場所はまだ見つからないし。
もう〜お兄ちゃんの晴れ舞台だっていうのに、寝坊に迷子とはなんたる不覚。
寝ぐせもまだ直してないし、メイクも――それはいつもしてないか。
私は、携帯電話にメモした住所と地図を片手に、街の人混みの中、右往左往する。
たぶん今歩いているこの道で合ってると思うんだけど、また誰かに聞いたほうが確実かしら。
ちょうど、すぐ近くにいたジャージ姿の男性に尋ねる。
「あの、"熊谷スポーツ文化公園"へ行くにはここの道で合っています?」
「うん、このまままっすぐいけばつくと思うよ。それよりお嬢ちゃんかわい――」
「――ありがとうございましたー!」
▽
街中を数十分走り続けた頃。
ようやくそれらしき建物が見えてきた。
大会に出場するジャージ姿の生徒たちや、それを見に来た人たちでごった返している。
そして皆が灼熱の温度に晒され、ほとんどが汗で体を湿らせている。
私も例外ではない――ていうか走ってきたせいでビショ濡れだ!
白色のセーラー服にピンクの下着が浮かんでたらお兄ちゃんがまた怖そうな顔になるのが予想できる。
私はカバンをごそごそと物色しタオルを取り出した、まず顔の汗を拭きとり、今度はそれを広げ、肩から背中にかけた。
会場の入り口はどこだろう――。
私は目の前にある大きな陸上競技場の裏側にまわる。
人が出入りしている場所を見つけた。
入り口の階段を上り、ようやく会場の全体を見渡せた。
閲覧席は、県大会ということもあり、それぞれの学校の部員兼応援団や父兄の皆様で埋まっている。
私は、座らずに一番前の手すりの前に立ち、改めて会場に目をやる。
お兄ちゃんと違って運動音痴な私は、こうした運動をするためだけの場所とは、かなりかけ離れているけど、見ているのは好きだ。
会場の真ん中には四角に陣取った緑の芝生が広がっており、いつもあそこで寝転がってみたいな。とつい思ってしまう。
急に妹の私がそんな事したら、お兄ちゃんの顔が鬼武者のような表情になっていくのが目に見えるから、あくまで妄想止まりだけど。
そして芝生のまわりを囲む、爽やかな青のタータンの400mトラック。
学校の校庭は土だし、こんな風な本格的な走る専用の場所は更に興味深かった。
私はずっとあれを固いものだと思ってたけど、お兄ちゃんに聞いてみたら、あれはゴムのようになっていて、スパイクを履くとすごく走りやすいんだって。
私は手すりに手の平を滑らしながら左方向に歩いていく。
400mトラック全体の中で、客席から見て一番手前――直線に伸びる100m走トラックを目の前に見ながら。
観客席の一番左端っこ――100m走のスタート地点に一番近いところに到着し、私は足を止める。
どうにか100mの種目は寸前のところで間に合った。
スタート地点付近に――お兄ちゃんがいた。
「お兄ちゃぁぁぁああん!!」
叫んでいた。
お兄ちゃんはしゃがんでスパイクの調整をしていたみたいだけど、振り返ってくれた。
ただ、その目はものすごく怖かったけど。
あ、もう見てくれてない。
お兄ちゃんのあの目つきの悪さも中々良いと思うんだけどね。
100m競技開始のアナウンスが放送される。
「これより、第85回高校生陸上競技埼玉県大会、100m競技決勝が行われます。」
会場が少しざわつき、選手たちは、スタート位置につき、スターティングブロックの調整を始めている。
お兄ちゃんも。
選手たちは調整を終え、計8人がスタートラインに並ぶ。
一人づつ名前がアナウンスされ、それぞれの選手がその度に頭を下げる。
お兄ちゃんが呼ばれる番だ。
「――――――――――っ!!」
また叫んでいた。しかもアナウンスの人より若干フライングで。
周りからの呆れた冷たい視線が直接私につきささる。
お兄ちゃんも、今度は怒りを通りこしてあきらめの表情を浮かべていたけど、次の選手のアナウンスが始まった時。
口角を上げ、こちらに小さく親指を立てて見せてくれる。
ピストルを持ったスターターが台の上に立ち、ピストルをもってない方の手で耳を塞ぐ。隣には、大きな棒つきの黒い板を持った男性が立つ。
あれも一体何なのか、気になってお兄ちゃんに聞いた事があった。
ピストルを鳴らした時に出る火薬の煙を、ゴール付近に座っているタイム計測係の人に見えやすくするものなんだって。
音があちらに届くより、先に煙が見えるからね。
――光のほうが音より速いって学校で聞いた事ある。
だって、ピストルがなった瞬間に、選手より一足早く煙の光はもうゴールしてるんだもんね。
ある意味優勝だよ、勝負にならないよ。
スターターがピストルを持った手上げる。
「位置について」
でも一番はやっぱり――
「ヨーイ」
私の大好きな――
夏の青空の下、火薬が破裂し、選手は一斉にスタートを切り――走る。
――世界で一番かっこいいお兄ちゃん。
デジモンインフルエンス――完
著作:ネットスター
執筆協力:中村角煮
挿絵:平野鮎太
ThanksMusic:
『THEE MICHELLE GUN ELEPHANT / ドロップ』
『THE BLUE HEARTS / 青空』