アイズリミックス

零/秋葉原リミックス



 夜八時、秋葉原の駅前。
 男はゴーグルを装着し、右上に供えられた電源スイッチを押す。
 たまの週末の夜に秋葉原で一人ゲームとは、空しさを感じざる得ないがこればかりはやめられない。 
 男――青神健吾は、スマートフォンの画面を指で滑らせ、
 【マッドレオモン Lv5 ウィルス】
 と表示されたボタンをタップする。
 すぐに自分の右わきにデジタル・モンスターがリアライズされる。
 見上げるほどの大きさ、灰色の体色、黒髪に赤い目、背の丸まった獣人は白い息を吐く。
 半透明である事を除き、本当にそこに生きた生物がいるかのようなリアルさだ。
 再びスマートフォンを操作し、今度はマップを呼び出す。
 今いる場所――秋葉原駅前の地図が、ホログラフィック表示され、その上には何十もの赤い点が落とされていた。
 (やっぱり週末の秋葉原なだけあってテイマーだらけだなー)
 思わず笑みがこぼれ、ログイン状態を戦闘待ち受けモードに切り替える。
 自分の場所を示す青点から一番近い赤点を目星に、青神は歩きだす。
 先ほどリアライズした半透明に表示された電子の怪物――マッドレオモンがその後をついていく。



 一番近い赤点に、戦闘開始区域――半径30mほど近づいた時、青神はあたりを見回す。
(どっこかな〜)
 見つけた――。
 頭の上に、テイマーである事を示すマークを浮かべている人間を。
 ゴーグルをかけたその男は、頭にキャップを深くかぶり、さらにその上にパーカーのフードまでかぶせている。
 そんな恰好でカフェテリアの店外スペース席で、テイマー印を浮かばせながら飲み物を飲んでいる。
 見るからに怪しい。というか厳つい――少し怖い。
 しかし、ここでひるむわけにはいかない。
 折角目ぼしい対戦相手を見つけ――
 ――戦闘開始のアナウンスが浮かび上がる。
 早い――こちらが戦闘を申し込む前から“勝負を申し込まれた”
 相手はいうまでもなくあの男――
 キャップフード男はこちらを見つけるなり、持っていたコップの中身を飲みほし立ち上がった。
 そして、自分のデジタル・モンスターをリアライズさせる。
 二本角の兜を被り、全身を黒色の特殊ラバー装甲に身を包む竜人。体の随所にメタリックなパーツが埋め込まれ、四枚の赤い翼を生やしている。
(サイバードラモン……か)
 瞬間――。
 目前に立つ黒き竜人。
 は……やっ――?!
 マッドレオモンは敵のかぎ爪に胸部を切り裂かれる。
 直撃する敵の攻撃。
 こちらも攻撃の体勢にならなければ。
 青神はスマートフォンを操作する。
 攻撃する間もなく相手の追撃。
 今度は腕部を、えぐられる。
 そして三度目となる相手の追撃――サイバードラモンは腕を振る――
 ――が、空を切る。



 青神は、パーカー男を背に疾走。
 半径30mを超える移動手段は人間の足に変わる。
 それにしても――。
 こちらが、抵抗する間もなく既に二回も攻撃の直撃を受けてしまった。
 脅威の速さ。
 男はスマートフォンを操作していなかった――あいつは――スピーダー(眼球操作型)だ。
 (ピーキーなテイマーだ)
 このゲームには操作方法が幾つも存在する。
 青神はスマートフォンをコントローラーとし、手動操作でデジモンに指示を出す――スタン。
 パーカーの男は、眼球でデジモンを操作するスピーダー。
 眼球で操作する。
 というのが未だに青神は、理解できていなかった。
 曰く、目の動きをゴーグルに読み込ませ、使用デジモンの動かしたい箇所を、目で一定時間以上見つめたり、眼球の微妙なさじ加減の移動で、デジモンが動くらしい。
 このゲームが発売された時から説明書には書いてあるものの、当てにならなかった。
 なぜなら、使いこなせば先ほどのサイバードラモンの如く、超スピードが出せる。
のだが、青神が何度か挑戦して見た時は、そうはいかなかったからだ。
 いくら眼球を動かしても、使用デジモンは自分の意図とは反した動きをするし、いくら見つめても指定した場所に動く事はなかった。
ゲームとして成り立たない。
 ランキング1位のプロテイマーもスピーダーらしく、雑誌に載せられていたインタビュー記事には、使いこなせたら恐ろしい速さを出す事が出来る。と話していたのを覚えている。
 しかし、スピーダーとして戦闘が出来るまでにはとんでもない時間を要するのは言うまでもない。
 巷――ネットや雑誌ではそんなスピーダーの事を廃人テイマーとも呼称している。
しがないダラリーマンの自分には、そこまで特訓する時間もないし。ゲームをただ楽しむ分には、スタン(手動操作)で十分だ。

 青神は走りながらスマートフォンを操作し、マッドレオモンのダメージを確認する。
 未だ安全圏のグリーン色の表示。
(おかしい……)
 二発もの直撃を許していながら、さほどダメージを受けていない。
 チラリ、と後ろから追いかけて来る男を振り返り、彼のテイマー情報を表示させる。
【AKITO 使用デジモン:サイバードラモン ログイン状態:戦闘(ボーナスレベル100)
(ボ―ナスレベル――100……だと?!)



(狙いは……?―?メダル集めか)
 プレイヤーとの戦いに勝利すると原則1枚メダルがもらえる。
 このメダルの所持数は連勝するごとに加算され、一度でも負けたら0になる。メダルの所持数は、謂わば連勝記録を可視化したものだ。
 しかし、メダルの所持数と連勝数をイコールで結ぶことはできない。
 一度の戦いで得られるメダルは原則として一枚だが、ボーナスレーベルを調整すればその限りではないからだ。
 例えば、ボーナスレベルを2に設定すれば、勝利した時に二枚メダルを得る事が出来る。
 3であれば三枚、4ならば四枚というように、一度の勝利で得られるメダルを増やすこと自体は可能だ。
 だが、ボーナスレベルを上昇させた分だけ、使用デジモンのステータスは、マイナス補正を受けることとなる。
 つまり、ボーナスレベルを100に設定した対戦相手のサイバードラモンのステータスはいまや成長期並みのステータスしか持ち合わせていないだろう。
 このメダルシステムを利用したプレイヤーの遊び方は、大体だが二つのカテゴリーに分類することができる。
 一つは、ひたすら自分の記録を伸ばし続けるタイプ。この遊びをする大抵のプレイヤーのバトルスタイルは、他のテイマーに揶揄されている。ボーナスレベルをほとんどの場合で1に設定し、確実に勝利をもぎとろうとするからだ。
 そしてもう一つが、公式が運営する「週間メダル獲得ランキング」というイベント。
 ランキングの集計期間は月曜日の午前〇時から日曜日の午後二三時五九分までで、月曜日になった瞬間に所持メダル数とは別にカウントされるランキングスコアはリセットされる仕組みだ。
 古参ユーザーと新規ユーザーが平等に遊べる人気のイベントで、それまでどんなにメダルを多く持っていても、その週のイベント開催期間で獲得した枚数が〇枚ならば否応なしに集計外に追いやられる。
 逆に、イベント開催期間でメダルを四枚集めたとしよう。
 その週のランキングスコアは4で固定され、例え次に戦いに負けてメダルの枚数が0になってしまっても、ランキングスコアは4のままだ。

 察するに、つまるところパーカー男はこの週、連勝記録が伸ばせずにいたものの、週間メダルランキングの上位を狙って週末最後の賭けに出たのかもしれない、ということ。
それにしても、ボーナスでメダルを100なんて、横暴にも程がある。
 ちなみに、青神のメダル所持数は現在3枚。
 いずれも先週末ゲームした時に運よく3連勝した時の記録が残っている。
 しかし、今週の青神の最高勝利数は未だゼロ。
 つまり集計対象外。今週はランキング圏外どころがこの遊び方には参加すら出来てない。
 青神が目前の戦いに勝てば今週分のランキングスコア1をゲットし、総枚数は4連勝で4枚となる。



 走りながら、青神は思考を重ねる。
 奴――アキトの戦法は、パラメーターを限界まで下げ、持ち前のスピードでギチギチと、こちらに攻撃する間を与えずHPを削る戦法であろう。
 目前に見える光景に――一作戦を思いついた。
 青神は目の前の信号が青信号にも関わらず、逃走を中断。
 横断歩道の手前で足を止め――。
 首を急旋回し、後ろに振り返る。
 すぐさま、追いついたサイバードラモンの爪攻撃。
 防御せずに攻撃に徹する。
 スマートフォンを操作。
 マッドレオモンは、攻撃を続けるサイバードラモンの腕を押しのけ腹に大きく拳を突き出す――パンチで腹の殴打に成功。
 確かすぎる感触。
 ボーナスレベル――ハンディを100も背負っているサイバードラモンは後ろに吹っ飛び、一気にダメージ状態がレッドゾーンになる。
 青神は再び疾走。
 点滅した黄色信号を渡る。
 後ろを振り返る
 アキトは、急激な大ダメージを受けたサイバードラモンを回復プラグインで、回復し、レッドゾーンのゲージを引き上げ終わったところだ。
 横断歩道の向こう側で。
 青神は笑みを浮かべ、小さくガッツポーズした。
 このゲームでの信号無視は、道路交通法違反の罰金をとられだけではなく、危険行為と見なされ、自動的に敗北を喫することになる。
 全ては、電脳ゴーグルのシステム管理者に筒抜けだ。
 不覚の味を飲まされたアキトは顔を歪ませ、何やら叫んでいる。
 ――こ、怖い。
 しかしよく見るとこちらに何か文句を言っているわけではなさそうだ。
 よく見ると耳元には、無線のヘッドセットが取り付けられている。
 電話の向こう側にいるのは、サポーターか。
 何もあんなに怒鳴らなくても、と思いつつ青神は逃走を再開する。
 再び青信号に変わるまでに敵の視界から消える事は可能であろう。
 一回の戦闘で使えるアイテムは3つまでとなっており、ボーナスレベルの引き上げはアイテムの効果にも反映される。
 いくら相手が回復プラグインを3つフルに使っても、HPをマックスまで到達させる事は出来ないだろう。
 一方こちらは一つ回復プラグインを使えば先のダメージは全回復できる。
 このHPの差では、うまくこのまま30分逃げ切れば、タイムアップで自動的に俺の勝ちになる。
 自分の位置は相手のマップに表示されているし、相手の居場所もこちらは把握できる。
 しかし、走りながらお互い動き回る点を確認するのは、厄介だ。
 いくら、秋葉原の道に詳しくても、いくら動き回っているとはいえ相手の位置がわかっていても、現在のような緊迫した状態ともなるととくに、点を追う行動が散漫となる。
 問題は相手のサポーターの腕だな。
 サポーターは、自宅などに滞在して、PC画面に広げたマップの上の二つの点を見つめながらスカイプなどの通信アプリを使い、適切なルートやその他アドバイスをするテイマーだ。
 いちいちマップを確認せずに電話の向こうで「そこをみぎ」だとか「ひだり」だとかナビゲートされたほうが時間の短縮となる。
 (超がつくほどのスピーダーだな、奴は)
 うまくアキトの視界から消える事に成功した青神は狭い路地に入り、駅のある方面に振り返る。
 路地の幅に合わせてマッドレオモンはその身を縮小させる。
(少し疲れたな……)
 26歳。もうそんなに走りまわる歳でもなかったので、足を止めると、肩で息をぜぇぜぇ言わす。
 スーツの上ジャケットを脱ぎ肩にかける。
 少し休憩だ。
 まだ、相手はそんなに近くにはきていないはずだ。
 マップを確認する。
 青点に隣接する赤点。
 後ろを振り返る。
 黒き竜人とその後ろに立つ男。
 (どこまでスピーダーなんだよこいつは)
 ――戦闘は再開される。



 すぐさま、サイバードラモンの素早い爪攻撃のラッシュが始まる。
 合間のこちらからの攻撃は全て避けられ――当たらない。
 瞬く間にHPが半分持ってかれたところで、回復プラグインを与える。
 が、すぐにまたHPが削られていく。
 仕方なくもう1つ追加で回復。
 相手のHPゲージは――黄色――半分といったところであろう。
 先ほどのように、一撃でもお見舞いできれば、こちらの勝ちだ。
 この狭い路地――スピーダーに抵抗するのは、スタンらしく単純かつ面で勝負したほうが得策だ。
 青神は最後の、三つめのアイテムをタップ。
 マッドレオモンの片腕が一度粒子化――再構成――して、チェーソンソーが備え付けられる。
 使用デジモン名の表示が切り替わる。
【マッドレオモン:アームドモード】
「グオオオオオォオオオオ」
 マッドレオモンは右腕にチェーンソーがつけられると苦しそうな雄たけびを上げる。
 青神はなんとかマッドレオモンを操作し、サイバードラモンの方へ向けさせる。
 ことは成功したが、それ以外の指示は、無効化されてしまう。
 マッドレオモンは人口知能――AI――デジタル・モンスターの本能によって、   チェーンソーを振りかざしながら暴れる。
 動きの予測が難しいマッドレオモンの攻撃を避けるのに手いっぱいになり、サイバードラモンから頂く攻撃はわずかながらに減る。
 それでも、竜人はなんとかそのマッドレオモンとのチェーンソーをかいくぐりながら、チマチマと爪でダメージを与えていく。
 しかし――。
 一通り暴れ終えたのか、マッドレオモンは一度動きを止めチェーンソーを高く掲げ――
サイバードラモンに向かって全力で振り落した。
 衝撃音と共に、竜人が立っていた場所からホログラフィックの粉塵の煙が舞う。
 (やった……か?!)
 ――煙が晴れていく。
 その場所には誰もいない。
 頭上。
 高くジャンプしたサイバードラモンの姿。
 そして、満タンになった必殺技ゲージが見えた。
 下降してくるサイバードラモンから、技が発せられる。
【イレイズ・クロー】
 技を受けた箇所――マッドレオモンと煙共――はぽっかりそこに穴が開いたように、消える。
 ――負けた。
 相手のテイマーに、目をやると余程全力疾走でここまできたのか。
 先の青神と同じく肩で息をし、汗を垂らしている。
 パーカーのフードをかぶるのを止め、キャップのつばを前から後ろにスライドさせた。
 そして、ゴーグル越しではあるが、その顔が大分見やすくなった。
 まだ若い――成人するかしないかぐらいの年齢であろう。
 しかし、よく見るとかけているゴーグルは有線のものであり、ゴーグルからコードがズボンのポケットの中に伸びていた。
 初期型のゴーグルだ。
 そして、見事ボーナスでメダル100枚を手にする。
 彼の――アキトの総メダル数が表示される。

 ――9998枚

「は……?」



 戦いを終えたアキトは帰路につく。
 ドアの鍵部にキーカードを通し、中に入る。
 誰からの反応もない。
 更に進んだところに広がるリビングの光景――。
 壁に取り付けられた巨大なパイプのラック。
 そこにかけられた9つのディスプレイが暗い部屋を照らしている。
 ラックの前のデスクには、壁にかけられているものより大きいディスプレイが3つ。
 隣には、6台もの積み重るタワー型の大型デスクトップPC。
 前に添えられた椅子に座っているのは、爆音の音楽が流れているであろうヘッドフォンをした少女。
 ――下着姿の少女。
 アキトはおもむろに近づき少女のヘッドフォンを勢いよくはずす。
「エッチ」
 聞こえない。
「お前また、酒飲みながらオペレートしてただろ! おかげで信号に捕まって大変だったんだぞ!!」
 聞こえてない。
「メダル100枚獲得おめでとう。アキトくん。どうやら誕生日までには間に合いそうだね。4年かかった君のメダル獲得数9999枚――カンストを最後まで見届けさせて頂くよ」



 テレビ、電話、スマートフォン。
 そして――電脳ゴーグル。
 いずれもここまで、一般化するとは当時は誰もが予想出来なかったであろう。

 202×年
 電脳ゴーグル対応ゲーム『デジタルモンスターVer.VR』は大流行の一途を辿っていた。
 ゲームの舞台は、現実世界の上に、デジタルテクスチャを全面に覆い尽くした超強化拡張現実――リアルモーメント。
 
 様々なテイマーがそれぞれの戦いを繰り広げていた。





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To Be Continued →『EyesRemix1/sei-syun-remix』
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