アイズリミックス
壱/青春リミックス
■中学入学と同時に、小学生の時のクラスメイトの何人かが眼鏡をかけ始めた。
逆も然りで、眼鏡からコンタクトにデビューした友達もいる。
入学祝いにもらうものは、時計などが定番だろうか。
秋人は続々と登校してくる、クラスメイト達とその装飾品を眺めながら、今日から始まる中学生活に不安と期待を思い描いていた。
教室の中は、それぞれ同じ小学校だった同士が、それぞれ幾つかのグループをなし、互いに牽制しあっているような、どこかよそよそしい空気が充満していた。
まぁ登校初日だしそんなものか。
しかしそんな空気なんてお構いなく、
「やっふぉおおおおお」
彼女は現れた。
「あ・き・とくんっ! まっさか同じクラスだとはね! 幼稚園の頃からの記録は更新され続けるね」
新しい中学のクラスの空気を見事にクラッシュした彼女に、一斉に教室中の目がくぎづけになり、離れない。
でかい声とは裏腹にスラットした体のラインに少し茶色がかったサラサラストレートのセミロングの髪。
そして――一際目をひくのが、その頭にかけられているもの。
「どうしたんだよそれ」
「うっひっひー入学祝い! ……っと、お年玉三年分」
発売したばかりの電脳ゴーグルだ。
「だからってなにも、学校に。それも入学初日からつけてこなくても……」
「だめだよだめ! もうこのゴーグルは私の体の一部なんだからっ!」
スルーして秋人は頬杖をついたまま横に立つ少女に問う。
「で、いくらぐらいしたの?」
「デジタルモンスターVer.VRと込み込みで十万くらいかなっ」
「じゅ……――じゆうまん!?」
思わず立ち上がりそうになる。九万ならまだギリギリ頭の整理がつくかもしれなかったが、一万円多いだけだが、十万ともなると、中学一年生の秋人には衝撃な数字だ。
「今度、秋人も一緒にやろうよっ」
「えっやらしてくれるの?」
興味がないわけではなかった。
寧ろ結構遊んでみたかった。
「うん。あ、でもソフトは買ってね。眼鏡はなくてもスマートフォンのカメラでなんとかなるから」
頭に電脳ゴーグルをつけた少女。
嬉しそうにニシシと笑ったその顔がいつまでもアキトの頭にこびり付く。
――火鳥ナツミ。
幼馴染であり、重度のゲーマー兼テイマー。
■
口約束はしたものの、秋人がデジタル・モンスターに触れたのは、それよりも少し後になる。花粉症の季節が過ぎ、湿ったい空気も過ぎ、夏季の制服に大分慣れた頃であった。
入学後、小学生の頃よりナツミと話す機会は減っていた。
別に仲たがいになったわけではなく、中学は小学生の頃より男女が分け隔てなく喋るような空間ではなかったからだ。
決して学校が辛いとかでもなく、中学校は小学校の時よりも鬱屈した空気が充満していると秋人は何となく感じていた。
そんな気持ちも、長期休みと共にクラッシュしてくれたのもナツミだった。
■
「あ・き・とくんっ! どうしたー浮かない顔してー」
「なんだよ」
サウナ状態となった体育館で長時間立ったまま、まるで拷問のような終業式を終え、教室に戻るなりドッサリと出された夏休みの宿題をカバンに詰め、下駄箱に向かう途中。
秋人は久しぶりにナツミに話しかけられた。
「またそんな態度とるぅ〜。だから友達いないんだよっ」
「うるせぇ」
なぜだか、秋人は中学で友達をうまく作る事が出来なかった。
元からあまり自分から積極的に話しかけるタイプではなかったのだ。しかし、小学校まではそれでも何とかなったものの、中学ではそうはいかない。
一方、ナツミはというと、その奇怪な恰好と持ち前の明るさからクラスの人気者となっていた。
小学生の頃と同じだ。
「だいたいそう人が傷つくことをよく簡単にいえるな」
幼馴染のよしみ、別に気にしていない。
寧ろ変に気をつかわれるほうが嫌だ。
しかし、口を滑らしたのはどうやら秋人のようだった。
「ごめん……」
ナツミが急にしおらしくなってしまった。
「いや、いいんだよ。事実だし。ていうかマジへこみするなよ冗談だって」
「そう……うん! でも私も悪かったようん!」
「てなわけで、話でもあるのか?」
居たたまれない空気の中でなんとか話題を切り替える。
「あ、そうだ。今日で学校終わっちゃうし、秋人に見せたいものがあってさ!」
「どうせそれの事だろ」
ナツミの頭にかけられた、その普通の明るい中学生を奇怪に見せていているもの――電脳ゴーグルに目をやる。
秋人は学校にいる間、体育の時以外、彼女がそれをはずしているのを見た事がない。
そんなに夢中になれる事なのだろうか。
あの入学式の後、秋人は自分のスマートフォンにデジモンのアプリそのものはインストールしたものの、操作方法がよくわからず、そのまま手をつけていない。
「そう! よくわかったね秋人くん天才っ ねぇ今日は一緒に帰らない?」
一瞬だけ鼓動の脈が速くなる。
「まぁこのまま一緒に歩いていたら自動的にそうなるわな」
秋人とナツミは二人とも同じ団地群に住んでいるからだ。
「まぁそうだよねっ!」
下駄箱でナツミは笑い、秋人は上履きと靴を入れ替える。
「うわっ上履き持って帰らないの? 不潔」
「ひと夏くらい大丈夫だろう」
何が根拠なのかわからないが、秋人は言う。
「そっかぁじゃあ私もそうしようかな〜」
ナツミも上履きを下駄箱にいれる。
二人は揃って昇降口を後にした。
途端、暑すぎる太陽の熱線肌を焼く。
そして耳をつんざくようなセミの声。
「うひゃ〜雲一つないねぇ! う〜ん最高」
「ナツミは本当夏が好きだな」
「うん、だって夏生まれで、ナツミだしね」
「夏生まれでナツミという名前なのに夏が嫌いとかだったらそれはそれで面白い設定だったのにな」
「何よ設定て! それを言ったら秋人くんも秋が好きなんでしょ?」
「……うん」
「面白くないですね〜」
墓穴を掘った。
ふと、秋人は久しぶりに横を歩くナツミに少し違和感を覚える。
ピカンの太陽に照らされ白く光を帯びたブラウスに目がいく。
汗に湿らされ、下着が露わになっているが、小学生時の時とは違う形状のものになっていた。体のラインも、相変わらず細い事は細いのだが、肉付きが少しよくなり体のラインが直線ではなくなってきている気がした。
「えっち」
「え?」
「何じろじろ見てるのさっ」
「ああああっとこれはちが、ちょっとナツミ身長縮んだかなと思ってててて……」
「私の身長が縮むわけないでしょ! 秋人くん背伸びたね〜 追い抜かれちゃった。やっぱ中学に入ると男子は変わるっていうもんね」
確かに。感じていた違和感のもう一つは身長を追い越していたのか。
なんでこっちを先に気付かなかったと秋人は軽い自己嫌悪に陥る。
「それに――」
「え?」
「やっぱり! 声が前より低くなってるよ!」
「まじ? それは自分ではよくわからないなぁ」
「自分じゃ気づかないのかな」
「かもなぁ」
小学生の頃は性別という壁はそこまで高くはない。寧ろ女子のほうが背は高いし、男女が分け隔てなく遊ぶのも、恥ずかしさはあるがそこまで重大な事柄にはならない。
中学に入るなり、彼女――ナツミはゴーグルをかけ始め、身長はストップしてやんわりとした体になり、友達を多く作り、秋人は、身長が伸び、変声期に入ったが友達はできない。
小学生の頃よく遊んだ二人なのに、それぞれが大人に近づくにつれて、違う方向の道へ進んでいくような気がした。
その道を一緒に歩きたくて、あるいはスマートフォンにデジタルモンスターVer.VRを入れ、あえて操作をせずに放っておいたのかもしれない……と。
秋人は、ナツミがそのゴーグルを使ってどんなレクチャーを施してくれるのかが楽しみだった。
■
夏休みが始まる。
とりあえずお互いの家に荷物を置き、昼ご飯を食べた後、ナツミの棟がある団地の下で落ち合う事になった。
アジア一でかいと言われるこの団地群は初め来る人は絶対道に迷うであろう。
秋人は、昼下がりの青空の元、汗を流し、曲がりくねった道を歩く。
到着したとき既にナツミは到着しており、おまけに私服に着替えていた。
半袖で薄い生地の水色のフード付きパーカーにミニスカート。腰に巻かれたウェストポーチ。そして頭には、いつも変わらずの電脳ゴーグル。
「小学生みたいだな」
「つい半年前まで小学生だったんだからショウガナイじゃない。秋人くんも私服だったらそんな変わらないと思うよっ」
ムスッとした表情のナツミを見た後、秋人は自分も私服に着替えてくればよかったなと思った。汗でYシャツが確かに気持ち悪い。
「では、はじめますかっ」
「いや、はじめるてなにを」
愚問。
「デジモンに決まっているでしょ!」
デジモン――デジタルモンスターは、自分でモンスターを育てて戦わせる。
というのが基本のスタンスだ。
実際に一番最初に出たゲームは、そのようにシンプルなゲームであったらしい。
その後、アニメやゲームなど様々なメディアミックスを展開していきその名を広める。
秋人が物心ついた時から既に、デジモンはそういった活動を見せており、再放送されたアニメなどを見た事がある。
そんな折、新しく発売された今回のデジモンの新しいゲーム、『デジタルモンスターVer.VR』は、一味違う様だった。
注目が集まったのは、使用ハードを複数選択出来る上、最新のガジェット機器『電脳ゴーグル』にも対応している事だ。その電脳ゴーグルを利用したゲームシステムのすごさはマスコミも取り上げるほどで、値段の割には現在どこの小売店でも売り切れ状態となっているらしい。
「おぉ、早速見せてくれよ」
うっひっひーと、ナツミはゴーグルを装着。つけているのはいつも見ているけど、実際に使っているのを見るのは初めてだ。
ナツミは電脳ゴーグルから伸びたコードの行先、スマートフォンを慣れた手つきで操作している。
「じゃあ行くわよ。 ブイモン、リロード!」
秋人は目の前の最新機器に胸を高鳴らせる。
(……)
「何もおこらないじゃないか」
「あんた馬鹿ぁ?」
どこかで聞いたようなセリフだ。
「デジモンVRと電脳カメラは、ダウンロードしてる?」
「まぁ、一応……」
「じゃあ起動してみてごらんなさい」
ナツミの言う通り、ソフトを起動させる。
ゲーム画面はあるのだが、画面の大部分を占めているのは、真ん中にでかく縁どっている写真、もしくは動画の撮影画面。
「これで、お前の顔を撮影しろってか」
秋人はこれがただのカメラじゃないとわかっていながらも、スマートフォンをナツミに向け、シャッターボタンを押してみる。
カシャという音と共にナツミの顔が撮影されてしまう。
「あれ、これ普通にカメラとしても使えるのか」
「なに盗撮してるのよ! まぁ……いいけど。そのカメラが映しているとこを、ここのあたりにまわしてみて」
カメラの視点を指定されたナツミの横部分に動かす。
そこにいるのは、青く小さい二足歩行でしっぽを生やした、まだ獰猛さも見つからない、かわいらしさすら感じるモンスターが、立っていた。
カメラごしに半透明に見えるそのデジモン。
一度肉眼で確認してみる。
いない。
カメラを通して見てみる。
いる。
「すごいなこれ……半透明じゃなかったら本当にそこに立ってるみたいじゃないか」
「すごいでしょ〜?」
「作った人がな」
秋人は、スマートフォンのカメラを通した時だけ見えるその怪物をついつい見てしまう。
「ようこそ! 超強化拡張現実、リアルモーメントへ!」
「なにそれ」
「このゲームの舞台の事よ! 従来のゲームと違って、このゲームは私たちが今いるここ、現実世界をゲームの舞台にしちゃったんだから。ちょっと他のところも適当に映してみなよ。驚くから」
言われる通り、秋人はカメラ越しに近くに広がった団地に併設されている広場に目をやる。
人間ではない異形のもの――デジモンが……歩いている……?!
「すごいなこれ、自分のデジモン以外にも、野良デジモンがいるってこと?」
「そゆこと! ちょっと行こうか」
言って、ナツミは広場に歩き出し、秋人はスマートフォンのカメラ越しにその背中を見ながら後を追う。
「ちょっと見ててね……」
ナツミは、広場を歩く一匹のデジモンの前で足を止める。
丸っこくて白く可愛らしいデジモン。
ナツミのブイモン以上に、モンスターと呼ぶにはあまりにも心もとない。
【コロモン Lv2】
そう秋人のスマートフォンには表示されていた。
「これならすぐ勝負はつくわね」
デジモンは対戦して遊ぶもの。
と秋人は前情報として知っていたのだが。
(まさかとは思うがこんなチビっ子相手に……)
ナツミは電脳ゴーグルとケーブルで繋がれたスマートフォンの画面をタップし、彼女の目前に文字が浮かび上がる。
"BATTLE START"
そのまさかだった。
バトルがスタートし、ブイモンはまずパンチを繰り出す。
が避けられる。
またも繰り出す。
今度は避けられる以前に見当違いの場所を攻撃し、挙げ句、コロモンの口からは吐き出された泡攻撃をまともに受け、HPに真面にダメージを受けてしまう。
「なんだよ全然下手じゃないか」
「ちょっと黙ってて、今集中してるから」
ナツミの表情は真剣そのもの。
手元を見ると、スマートフォンを操作していなかった。
「あぁ、それが眼球操作ってやつか」
「そうそう……あっまたはずれたもう! 秋人が話しかけるからっ」
「はいはいすいませんね」
眼球操作。
電脳ゴーグルの機能を生かしたゲームの操作方法の一つである。その事を秋人は雑誌やTVなので紹介されているのを見て知っていた。
しかし、目の前のぎこちないブイモンの動きとナツミの真面目な顔つきを見るや、この機能は使いものにならないじゃないかと思ってしまう。
たどたどしいブイモンの攻撃は、ちまちまと相手のHPを削っていき、やっと相手のHPをゼロにする事が出来た。
【WIN】の文字と共に、経験値とbitが送られる。
「やっぱり眼球操作は難しいな〜」
「そんなに難しいのか眼球操作って。話には少し聞いた事あるんだけど」
「難しいのなんのってこんなの不良品ってクレームつけてもいいくらいだよ! 体育の時間とお風呂の時以外ずぅううっとゴーグルつけてる私ですらこれだもん」
「寝る時もつけてるのかよ」
秋人は茶化すように言う。
「つけてるよ」
「え?」
「つけてるよ! もう私の体の一部みたいなもんだからねっ」
ナツミ曰く、この電脳ゴーグルには頭の脳波かなんかそんなの読み取る機能もついているみたいで、ちょうど起きやすい時間にアラームが鳴るように設定出来たりするらしい。目の焦点を認識したり、脳波を読み込んだりいろいろとハイテクすぎて、秋人の興味を更に注いだ。
「なぁ、ちょっとそれ俺が使ってもいいか?」
「うん、ほんっとすっごいんだから」
そう言ってナツミはゴーグルを外した。
その動作で彼女の髪の毛がバサリとなびいた時、一瞬だけ、汗と夏の香りとなんだかよくわからない、良い匂いを嗅いだ気がした。
秋人の目の前に差し出されたナツミのゴーグル。
体育の授業と入浴以外ははずさないゴーグル。
体育の授業と入浴以外はつけているゴーグル……。
秋人は、これを自分がつけるという行為に、良い様のない背徳間じみた気持ちを感じた。これは、小学生の時にナツミが口をつけた飲み掛けのジュースをもらった時よりも衝撃がでかい。
いくら幼馴染とはいえ、そんな体の一部みたいなものを自分なんかに装着させていいのだろうか。
夏の日差しに照らされた秋人の顔からは、汗が滴りのど元を伝いシャツを更に湿らせた。
「あ、」
ナツミが何かに気付いたようだ。
やはり、貸すのに抵抗があったのだろうか。それとも自分の同様っぷりに気づいたのか。秋人は心臓が止まる思いであった。
「その前に秋人くん、パートナーデジモンはもういるの?」
■
ナツミの電脳ゴーグルを使うのはお預けになり、秋人はまずはアカウントの作成。そしてその後はデジタマの孵化を待たなければいけなくなった。
木陰にうつり、秋人はスマートフォンに必要事項などを記入していく。
正直、友人が少ないので使用頻度がほとんどないスマートフォンのフリック入力がどうも苦手で、時間がかかる。
その脇に座るナツミは暇そうにぼやいた。
「やっぱりスタン(手動操作)に戻ろうかしら」
「それが賢明なんじゃないか? よくわからないけどさ。さっきみたいなちっちゃい奴ならまだしも、もっとでかいのだとすごく大変そうなんだけど」
「だよねぇ……このままじゃメダル集めも出来ないよ」
「メダル?」
「うん、このゲームの遊びの一つで、一番私の興味あるやつ!」
「どんな遊びなんだ?」
「う〜んとね、誰か人と対戦して、勝つとメダルがもらえるの」
「単純だな」
「いやいや、これのボーナスがすごいのよ」
ナツミは、ウェストポーチを開き、厚さ一センチほどのデジモンVRの説明書を取り出し、パラパラとめくり、とあるページを指さす。
秋人はスマートフォンの操作を一旦やめ、それに目を覗かせる。
"メダル獲得ゲームの遊び方"
「えーと、どれどれ――"メダルの上限9999枚に達するとスペシャルボーナスとして――百万円贈呈致します"
秋人はそのページを読み、呆れ顔になる。
どうやら、対人戦の連勝を続けコツコツとメダルを集めていくと、百万もらえるらしい。
しかし、一回負けただけでゼロになるので、こんなの、縁日のクジみたいな八百長だ。
「ナツミ、意外とガメついんだな」
「違う! そこじゃないその下!」
違ったらしい。
秋人は視線を下にずらし続きの文章を読む。
「え〜と、"尚、未成年者が上限9999枚に達した場合は――"………………馬鹿げてる」
縁日のクジどころじゃない子供だましの一文が、そこには掲げられていた。
「すごくない?」
「お前、中学一年生になってこんなの信じてるって言ったらただでさえ奇抜なのにもっと変人になるぞ」
「でも、百万と同じくらいすごいことなんだよ?」
「子供はゲームやるなって事なんじゃねーの」
「どうかな〜でもそれを確認するのも一つの楽しみなのっ。秋人も協力してよ!」
「これ(メダル集め)は一人でやるものなんじゃないのか?」
「ふっふっふー私には君が必要なのだよ。あ・き・とくん」
ナツミは不適に笑う。
■
曰くこのゲームのプレイスタイルには、サポーターという制度があるらしい。
そしてそれは電脳ゴーグルなしで家のPCからでも出来るみたいだ。
「それをやれ……と?」
秋人に選択権はなかった。
あの後、アカウントの作成を終え、デジタマから生まれたLv1のデジモンは少し時間が経つとカプリモンというまた可愛らしいデジモンに進化した。
日が暮れるまで、ナツミから一通りのレクチャーを受け、また夜、ネット上――ちょうきょうかかくちょうげんじつとやらで、落ち合う事になった。
秋人は親が寝静まった頃、リビングからPCをガメてきて自室に運んだ。
そして、電源を入れる。
このご時世、クーラーが併設されてない秋人の部屋の窓は全開で、そこから眺める景色は、点在している団地の部屋の明かりだけだ。
親のPCにもあらかじめ、デジタルモンスターver.VRをインストールしてあった。
立ち上げが終わり、アプリを二つ起動させる。
一つはデジモン、もう一つはスカイプだ。
まずは片方、デジモンの起動を昼間にナツミに言われた通りに操作する。
ログイン――
…………AKITO(アキト)
の表示の後に浮かび上がったのは、自分の住む団地の棟の前。
リアルタイムでそこを映しているわけではない。
事前に、世界中の写真を取り込んで作られたマップシステム、ストリートビューの応用版だ。
きちんと画面の中でも夜の写真に切り替わっており、わずかな差はあるものの、本当に自分がそこに立っているような気分になる。
そしてその疑似カメラの前には、カブトを被り、青い産毛を生やした可愛らしいデジモン、秋人のパートナーであるカプリモンが浮遊していた。
PCのカーソルを操作するとカプリモンは前進した。
同時、それを映しているPCのモニタ、疑似電脳カメラが後を追い、昼間と同じ待ち合わせ場所であるナツミの棟へ向かう。
■
待ち合わせ場所につくと、そこに人型を模した緑のワイヤーフレームが立っていた。
実物の写真に、そこに合成されたリアルなデジモン。しかし人の再現はプライバシーの問題なのか、えらく抽象化されている。
その人型はただのワイヤーフレームだが、実際にそこにいるのはナツミであろう。
秋人はそう思い、スカイプで電話をかけようとした矢先、カプリモンを見つけたナツミから即刻通話がかかってきた。
『もう。あきとったら遅いよ〜』
「仕方ないじゃないか。あんまり昼間PCやると親がうるさいんだよ」
実際そうで、秋人の家庭はPCの使用に関しては厳しく制限をされていた。
「それよりもお前はこんな時間に外出ていいのかよ」
『私の家は二階だからね。 なんとか二階からロープたらして抜け出したわよ』
どうしてこんな夜遅くに落ち合う事になったのか。
秋人は親のPCをこっそり使うため。
ナツミは、昼間狩りつくされたレアデジモンと、対テイマーの戦いをしたいがため。
レアデジモンはともかくとして、このゲームは値段が値段なだけあって、購入層の年齢は高い。そういった年齢層の高いテイマーが多く出没するのは、この時間帯だった。
中学一年生の女子がこんな日付が変わろうとしている時間に外に出るのは如何なものかと思い、秋人は自分と同様にPCからの操作にするように、諭したのだが。
『バトルは部屋で起きてるんじゃない。現場で起きているんだぁ!」
その後秋人が問い詰めたら結局は折角の電脳ゴーグルを使いたいだけのようであった。
「それに――そのためのサポーターでしょ? 本当はあきとくんにも実際に来て欲しかったんだけどね」
五階に住む秋人は家をこっそり抜け出す事は困難で、しかも超デジモン初心者の彼にサポーターを頼んだ理由は共闘ではない。ナツミがモンスターではなく人間――変質者などに襲われそうになった時などの見守り役だった。
『じゃあ早速ナビゲートしてもうらおうかしら』
「それは自分でも出来るんじゃないのか?」
『なんのためのサポーターよ!』
ただの雑用だ。
秋人はPCのマップを表示させる。
改めて自分たちの住む場所の地図を眺めていると、自分たちの住んでいる団地群のでかさと、その入りくねった地形に驚かされる。
マップの中心には、自分たちを示す青点が二つくっついていた。その他にも幾つかの色が点在している。
「えーと、黄色がデジモンで赤が人でいいんだよな?」
『そうよ!』
秋人は再びマップに目をやる。
「赤点が二つ、一つは結構近くにいるぞ」
『あらそう、じゃあメダル集めのためにもテイマー戦かしらね。じゃあその点に案内お願いしまーす! あ・き・とくん!』
■
こんな日々が毎日続いた。
おかげで秋人は完全に昼夜逆転し、昼過ぎに起きては親に叱られ、夜中になったらナツミへのサポートとして、デジモンVRに勤しむ。
その頃になると、ナツミのブイモンは人型に近づき、その身を更に筋肉質にした青の竜人、エクスブイモンに進化しており、秋人のカプリモンは全身をスタンガンに模していているが形状はクワガタのようなデジモン、コクワモンに進化していた。
ナツミの眼球操作も毎晩の特訓のおかげで大分上達していき、スピーダーと呼べるまでになっていた。
時間の少ない大人よりも特訓する時間が多いのか、この団地群周辺には、ナツミにかなうテイマーはおらず、メダルの数を順調に増やしていった。
そんなナツミとエクスブイモンの戦いを見ているのが、次第に秋人の楽しみになっていた。
しかし、そんな日々も夏休みの終わり間際に終焉を迎える事になる。
またいつものように、対テイマー戦をしていた時だ。
相手の行動がどこかおかしかった。
攻撃をして来ない。ただやられるのみで、秋人から見えるそのワイヤーフレームの人型は立ち尽くしているだけだった。
そして、徐々にその人型は戦いを放棄し、ナツミのワイヤーフレームに覆い被さろうとしていた。
『きゃ、なにするのよ。やめっあき……とっ』
――勢いよく家を飛び出す。
マップを眺めながらその場所へ走っている時に、警察へ電話。
恐れていた事態――変質者がナツミの前に現れた。
場所にたどり着く前に、自分の家に駆けてくるナツミを見付けた。
どうやらかろうじて、逃げてこられたらしい。秋人をに気付くなり、腰を落とし、その場にへたってしまった。
秋人が声をかけると、肩を震わせ泣いているようだった。
かける言葉が見つからなかった。
最初から無理な話だったのだ。
中学一年生の女子が一人で見知らぬ成人男性と闘うなんて。
わかっていた。
が、ナツミとの共通点がほしくて自分は、いつも後ろから見ているだけで、しかもそれを楽しんでいた。
自分で自分を殴りたくなる衝動に秋人は駆られた。
■
この事はお互いの家族で大変な騒ぎになり、秋人は普段の怒られ方を超越したすさまじい説教を受け、ナツミはゴーグルを取り上げられたらしい。
らしい。というのは、あの日以来ナツミと会う機会を親から剥奪されたからだ。
デジモンのアカウントは凍結され、PCは親の寝室に移動された。
夏の終わりと共に、デジモン――そしてナツミとの関係は終わった。
■
PCもデジモンも没収され、おまけにそれまでナツミと毎年同じクラスだった連続記録も学年が変わると同時に更新がストップし、疎遠となった。他に友達もいなかった秋人は、幸か不幸か勉強に費やす時間だけはたんまりあったので、中学三年の終わりが近づいた肌寒い季節、偏差値の高い公立校への推薦入学が決定していた。
そしてある日、あの夏の日以来、ナツミと会合する機会が出来た。
きっかけはあちらから手紙で、二年半ぶりに最初にデジモンのレクチャーを受けたあの広場に呼び出された。秋人は学ランにマフラーをして家を出、その場所に行く。
するとあの時と同じく私服に着替えて先に待つ彼女の姿があった。
「久しぶりっ! あ・き・とくんっ!」
少女の笑顔はあの頃とは変わらない。
が、その見かけはあの時の、小学生みたいな少女ではなくなっていた。
身長は秋人が見下げるほどに小さく見え、長く伸びた茶色の髪は非常に美しく、服装はロングスカートに上はカーディガンを羽織り、小さいながらも大人の女性の風格を感じた。
実際、ゴーグルをはずしてから彼女は相当モテた。と、クラスの声がでかい男子の連中の会話が休み時間、寝たふりをしていた秋人の耳に入っていた。
しかし、彼氏が出来たという情報は入っておらず、少し安心している。
同時、ナツミの話が聞こえる度にあの夏の日、彼女とリアルモーメントで毎日落ち合っていた日々を振り返った。
「本当久しぶりだな」
「あきとくん背伸びたね〜そしてやっぱり……」
「ん?」
「顔は結構イケメンだよねっ。実は一年の頃、結構あきとくんの顔見るの好きだったんだよ」
秋人の心臓に何かが突き刺さる音がした。
「顔だけかよ」
「うんっ」
「おい!」
「うそうそ。中身はもっと男前だったよ……あの時一目散に私のところへ来てくれた時とか」
「いやな事件思いだすなよ。あの後本当に大変で今でもパソコン使えないんだからな」
「まぁまぁ過ぎた事じゃないですか。それより……」
「そうだ。今日はどうしたんだよ急に」
「伝えたいビッグニュースが二つあって」
「二つもあるのか!」
「うん」
「高校受かったのか?」
「いや、それは違う。高校は受かったけど北高」
秋人の行く高校より大分偏差値の低い高校だ。記録の更新はストップしたままだ。
「学業をおろそかにした報告か?」
「またそんな事言う〜違うよ! 一つはこれ」
「……………??!」
ナツミが取り出したのはあの懐かしの電脳ゴーグル。
「没収されたんじゃなかったのかよ?!」
「されたけど、実は目を盗んでやってたの。あれからずっと、こっそりと」
「マジかよ!」
驚いた。
彼女はゴーグルをつけるのをやめ、徐々にそれへの興味も薄れ普通の女子へとフェードアウトしていったものだと、勝手に思っていた。
「おま……てっきりそれはトラウマの産物になったんじゃなかったのか」
「まぁ確かにそれは否めないけどやっぱり面白いからね。 護身グッズはたんまり持つ事になったけど」
(言ってくれれば……よかったのに)
秋人の気持ちを悟ったようにナツミは話を続ける。
「あきとくんにはね、迷惑になると思って話さないでいたの」
「そうだったのか……」
「そしてビッグニュースの一つ!」
ナツミは人差し指をビシッと立てた。
「お、なんだ?」
「なんと!! 昨日ついにメダル9999枚を獲得いたしました〜!!」
「………え?」
衝撃がでかすぎる。
ゴーグルを没収されたどころか当初の目的を達成したとは。
「あんな無茶なカンスト、よく出来たな」
「まぁ相当頑張りましたからねっ! でも――」
「でも?」
「発売開始とほぼ同時にスピーダーとして特訓してたからね。スタートダッシュが効いたんだよ」
「つまり」
「あんな無茶な機能誰も使いこなせないから、何度か危ない事はあったけど負ける事はなかったわ」
「まぁ負けたらゼロになってるからな」
「では、早速見せて差し上げよう。あきとくん、スマートフォンに電脳カメラは残ってる?」
「あぁ……さすがに携帯はあるぜ」
ニシシと笑うナツミを、秋人はポケットから取り出した携帯のカメラ越しに見つめる。
「――インペリアルドラモン! リロード!」
ナツミの掛け声と共に、カメラの画面は真っ黒に染まる。
広場いっぱいの面積を埋めているかつてのブイモン――。
でかすぎる巨体は、頭を白い装甲のようなもので包み、四足歩行のその手足からは金色の爪を備え付け、今にもとび立ちそうな赤い羽根を羽ばたかしている。
――まさに龍帝。
「ブイモン……おっきくなったなぁ……」
「でしょ〜? そしてこれが――カンストボーナス!」
ナツミの目前にアルファベットが浮かび上がる。
英語の成績はまずまずの秋人にもはっきりと、その英字の意味はわかった。
「しっかし本当どうなるか予想できないなこれ」
「もう本当に! 気になって気になって仕方がないからビッグニュースのもう一つはこれの後でもいいかな」
「おう、そうするか」
ナツミは画面をタップし、叫ぶ――。
「オープン・ザ――――――――――」
突如。
「あれ……ここはどこ……」
ナツミの様子がおかしい――。
「秋人……どこ……?」
「どうしたナツミ!」
ナツミは膝から崩れ倒れる。
急いで秋人はその身をすくう。
「おい! 大丈夫か?!」
何度揺すっても反応がない――。
何度名前を呼んでも――。
何度も――。
■
ナツミはそのまま息を引き取った。
原因はゲームのやりすぎによる、過労からくる心不全という事で片づけられた。
最後にナツミは何かを見た――いったい何を見たというのか。
あのボーナスの正体は?
会社に問い合わせても「当社とは無関係」と門前返しをくらってしまった。
そして……彼女の言おうとしたビッグニュースのもう一つは……。
必ず――正体を突き止めてやる。
秋人――AKITO――アキトは、メダルを獲得した後、スマートフォンに表示されたナツミの顔写真を見て、思いにふける。
■
"メダル獲得ゲームの遊び方"
…。
……。
…………。
……………………。
メダルの上限9999枚に達するとスペシャルボーナスとして――百万円贈呈致します。
尚、未成年者が上限9999枚に達した場合は――――
――――デジタルワールドへの誘致権利を得る事が出来ます。
DigimonRemixSeries『EyesRemix1/ sei-syun-remix』→END
To Be Continued →『EyesRemix2/shibuya.harajuku-remix』