走れ!デジモン小説部
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「行け!!!ウォーグレイモン!!」
ゴオオオオオオオ。ウォーグレイモンの手の上に火の玉がまるくたまった。
「ガイアフォース!!!!」
ドガアアアアアアン。
まわりの砂煙が吹きとんだ。
「まだ……立っている・・だって!?」
タイトは驚いた。
「フフフ・・その程度か?くらえデスクロウ」
ドォオオオオオオオオン。
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頭の中で、物語が広がっていく。
授業が終わって、休み時間になっても小説を書く手は止まらない。机に広げたノートの後ろのページは、小説の文字で埋まるばかりだ。
少年――前田武文(まえだたけふみ)が、夢中になって書いているのは、デジタルモンスター、通称デジモンの二次創作小説だ。
デジモンはゲームやアニメなどで様々なメディアミックス展開を見せる一大コンテンツで、小中学生を中心に人気を博している。
武文もその一人で、こうして自分の頭で中でキャラクターを動かし、誰に見せるでもなく文章にして妄想にふけるのが最近のハマりだった。
「お? なにやってんだ」
不意に目の前からノートが消える。
クラスメイトの鈴木にノートを取り上げられた。
「おい、かえしてよ」
「なになに……めたるぐれいもん進化ぁ――」
「かえしてって!」
ヒョイとノートを上に持ち上げ、鈴木はノートを返す仕草を見せない。
それどころか。
「お〜いみんな見てみろよ〜」
他のクラスメイトを招集し始めた。
武文は鈴木のこういう無神経なところがたまらなく苦手だ。
それにしても、この事態はなんとかしなくては。
シャープペンを握っていた手に汗が滲む。
「お、なんだなんだ」
武文と鈴木のまわりに人が群がってきた。
ノートが鈴木の手から離れ、次々と、クラスメイトがノートの回し読みを始めた。
ほとんどの生徒がノートを見るなり嘲笑。
武文のデジモンの小説の回し読みは止まらない。
「なにこれうける」
武文の手には汗が滲む。
「うわなんだこれ」
汗が滲む。
「中学二年にもなってなにしてんだよ」
滲む……。
■
一通り回し読みが終わったらしく、バサッと武文の机にノートが放り込まれる。
武文は即座にノートを手に取り、気づいたら廊下へ飛び出していた。
目に入ったのはごみ箱。
やり場のない気持ちを武文は目の前にあるごみ箱に思い切りノートと共にを投げ捨てる。
廊下にいた一部の生徒は、そんな武文の奇行とも見える行動に冷たい視線を向けるだけだった。
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授業を終え、帰宅部の武文はそそくさと校舎を後にした。
帰路の途中、どうしても今日の事が頭の中をぐるぐるとかけ巡る。
あまりの自分の惨めさに落ち込むと同時、あのノートの事が気にかかる……。
(なにも投げ捨てることなかったかな……)
思えば、あのノートは本来ならば社会のノートで、いずれテストで必要となる。そうなった時、困るのは自分だ。生憎ノートを写してくれる友人など武文は有していない。
(そうだよなテストのために……)
決して、あのデジモンの小説のためではない。
あんな事があった後では、もうこれっきり小説を書くなど愚かな行為はしないと自分に言い聞かせ、武文は校舎に足を引き返し始めた。
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校庭の運動系の部活動の目から逃れるようにこそこそと、武文は校舎に足を踏み入れる。人気のない廊下をペタペタと上履きの音をならし自分の教室の前に向かう。
昇降口からほど近い武文のクラス、2年B組の教室にたどり着き、そしてあのゴミ箱の前で足を止め、中を覗く。
ない。
ノートがない。
どころかゴミの一つも入っていない。
(回収……されちゃったのかな)
最悪、ノートがなくても教科書があれば、テストにも対応できる。
このまま諦めてもそこまで困ることはない。
しかし、やはりどこか心が落ち着かない武文は、もしかしたらゴミがまだ捨てられずにおいてあるかもしれないと淡い期待描いて教室のドアを開けた。
「探しているのはこれかな」
「へ?!」
瞬間、突然話しかけられた驚きでビクッと体が震えると同時、裏返ってとても間抜けになった声を出してしまう。
「とりにくると思ったよ」
声の主は、教室の真ん中の机に脚を組んで鎮座する黒いロングの髪の女子生徒。
上履きには赤いラインが入っている。三年――先輩だ。
(な、なにごと!?)
「え……あのどういう……」
武文は混乱するばかりだ。
「一度やってみたかったのよねこれ。まさか叶うとは思ってなかったけど! 同志のたけふみくん」
「なんで名前……?」
「これ」
女子生徒が手にしているのは。
(もしかしてあのノート?!)
「読ませてもらったよ」
「な、なにをですか?」
「決まってるじゃない、あなたのデジモン小説よ」
武文の顔が真っ赤に染まる。
わざわざゴミ箱から回収されてまた読まれるとは思わなかった。
休み時間の屈辱が再び思い起こされる。
「どうしてそれを……」
「さて、どうしてでしょう?」
「……」
少女はノートをパラパラめくりながら、
「まぁ、出来はいまいちだけどいいもの持ってるわね、フーミン」
「いきなり人の名前慣れ慣れしく呼ばないでくださいよ! なんなんですか一体人のノートを勝手に見て!」
「まぁそんなおこりなさんな」
「……」
少女を足くみを止め、机から身をひょい下した。
「ふーみん、貴方に見せたいものがあるの」
「なんですかいったい」
「ここじゃ見せられないわね、ちょっとついてきて」
少女は武文を素通りして教室をでて歩き始める。
「なにぼっとしてるの、早く行くわよ」
武文は迷った。
あまりにも急展開すぎる。
自分が捨てたはずのノートを勝手に読まれたあげくに、なれなれしく名前を呼ばれ見せたいものがあるからついてこいだって?
先輩の女子が何者かもわからない。
でも――少し興味があった。
なにかよくわからないけど。
先輩の後ろ姿が見えなくなりかけた寸前、それに吸い込まれるように、武文はついていく事を決めた。
▽
連れてこられたのは、文芸部と書かれた一室の前。
先輩がドアをあけ中へ入っていく。
「ほら、きみもきなって」
武文もその教室に足を踏み入れる。
「ようこそ――」
先輩が急に演技がかった調子で言う。
「デジモン小説部へ!」
唐突だ。
なにもかも。
自分が書いていたデジモン小説の部活……だって?
「文芸部って書いてありましたけど」
「あぁそれは表向きにはね、も一度よくみてごらんなさい」
武文は一度外へ出て、文芸部の看板を見やる。
よく目を凝らしてみると……
デジモン小説。
小さくとってつけたような手書きの名前が記してあった。
「でしょ?」
武文は部屋に入るとともに中の様子を眺める。
教室の三分の一くらいの広さ。
片側の壁の一面は本棚で埋め尽くされていた。
部屋の真ん中には、長机が置かれていて部屋のスペースの大半を閉めている。机の一番窓側にはPCが設置されている。
カラフルなクリアオレンジのブラウン管デスクトップ一体型だ。
だいぶ昔のものだと思う。
「どういう事なのか説明してほしいのですが……」
「あぁ、そうねやりたいことは出来たから説明してあげましょう」
(やりたい事ってさっきの演技がかった口調の流れなのかな)
「こういう事よ、フーミン」
「その呼び方はちょっと……」
「あら、いいじゃないフーミン」
かまわず先輩は、話を続ける。
「ここは、デジモン小説部、まぁ元々は文芸部だったんだけど、部員は私しかいなかったし、私はデジモンの小説しか書いてなかったら勝手にぶかつを変えちゃったってわけ」
「はぁ……」
なんとも横暴なことだ。
「それで、そろそろ仲間がほしいって頃にちょうどデジモン小説を書いている君を見つけたの」
「ちょ、ちょっと待ってください。貴方がデジモン小説が好きでここがデジモン小説部ってことはわかりました。どうやって自分のノートを発掘して、しかも自分が取りにかえってくる事がわかってたんですか?」
「一つ目は、掃除係の私がゴミを収集して回ってたらなんとノートが捨てられたから興味半分で見てみたの、そしたらなんと後ろのページに知っているデジモン達の名前があるじゃないですか」
そんなことってあるのか。
「二つ目はなんでですか?」
「"サムシング"よ! 私の直感がきみは必ず取りに戻ってくると思っていた」
先輩は長い髪を手でバサァとなびかせた。
どうやらこの人の仕草が演技がかっているのは普段からのようだ。
「なんかご都合主義ですね」
「おお! そこにつっこめるとはなかなか良い素質持ってるね! でもねこれは現実なの! ちょっと運命感じちゃうよね!」
「はぁ……」
「早速だけど、あなたもここの部員として、デジモン小説書かない?」
「あいにくですが……僕はもうあんな落書き書くつもりはないので……」
「それはもったいない! あ、そうだ!」
先輩はおもむろにパソコンの前に移動し、電源をつけた。ブラウン管特有の低い轟音が鳴り響く。
「あなた、"オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT”ってサイト知ってる?」
「知りませんね、パソコンはあまりやらないんで……」
「あぁそう、今見せてあげるから」
PCはまだ立ち上がらない。
「このパソコン、随分古い型みたいですけど元からここの備品だったんですか?」
「んにゃ、これは美術の先生が使ってたやつみたい。丁度捨てられそうだったところをもらってきたのよ」
「はぁ……」
(アグレッシヴな人だなぁ……)
「せんぱ――」
「あ、立ち上がった」
武文の言葉を遮断し先輩はマウスの操作を始める。
「ここ、このサイト」
「はぁ……」
武文はPCの画面をのぞき込む。
全体を水色で整えたシンプルなサイトがそこにはあった。そして目をひくのが、
「このイラストって……?」
「あぁ、デジモン小説作品の広告よ」
「でも、このキャラクターって僕の知らないキャラなんですが……」
「オリジナルキャラに決まってるじゃない。この掲示板ではこうやって貴方のようにオリジナルのデジモン小説書いている人が大勢いるのよ」
自分以外にも、同じことをしている人が、こんなにもいるとは。
武文は動揺とともに何か言葉で表せない興奮を覚えていた。
「とりあえず、ここの作品の読んでみてからでも遅くはないんじゃない?」
「……わかりました」
「はい、じゃあ今日の部活は終わり! 明日から土日だから月曜に、興味があったら来てね! 来なかったら迎えにいくからね!」
(逃げられないのか)
「ばいばーい」
先輩は鞄をもってそそくさと部屋を出ていってしまった。
(意外とドライだ)
▽
武文は家に帰って、すっかり今日あった嫌な事を忘れ、頭の中はあの先輩と部活の事で頭がいっぱいになっていた。そして親にPCを借りてきて、例のサイトを見てみることにした。
とりあえず目に付いた広告からバックナンバーに飛んで、読み始める。
▽
土日をまたぎ月曜日の放課後がやってきた。
武文は、文芸部もといデジモン小説部の部室の目の前に立っていた。
「おっすーやっぱ来たね」
「あ、先輩……」
「中はいろっか」
「はい」
それぞれ鞄を机に置き、先輩が口を開く。
「で、どうしますか? フーミン」
あの後、何気なく読み始めたデジモン小説に気づいたら貪るように文字を目で追っていた。
おかげで土日だったというのに寝不足で今日の授業を終えた。
そしてそんな中、一つの答えが出た。
「僕もデジモン小説……書いてみたいです!」
仲間が――
「よし!じゃあ改めて」
いた。
「ようこそ! デジモン小説部へ!」
▽
武文はデジモン小説を書くにあたって、自分の小説の腕は、あまりに未熟だと、いろんな小説を読んだ中で身にしみている。
自分の小説を読んだ先輩も同じことを思っていたみたいで基本的な事のレクチャーを受けることとなった。
「まぁそんだけデジモン小説を読むとは、ちょっと予想外だったけど、それはそれだけ貴方の書くパワーがさらに増大したと思っていいわ」
よくわからなかったとりあえず武文はうなずく。
「デジモン小説に大切な要素は4Sよ!」
「iPhoneですか?」
「違う! デジモン小説に重要な要素……と勝手に私が思っている要素よ」
Story(ストーリー)
Select(セレクト)
Speed(スピード)
Something(サムシング)
「この4つの要素がデジモン小説四大要素よ!」
「はぁ……」
「まぁ、とりあえずフーミンはどんなのが書きたいのかな」
「えーと――」
ストーリーは自分の頭の中でずっと妄想していたので自信があった。
武文は自分でも驚くくらい饒舌になって頭の中の物語を先輩に話した。恥ずかしいきもちもあったが、一度小説を読まれているし、なにより同じ同士という事もあって、口は止まらなかった。
「なるほど、まぁおもしろいわね」
「そうですか……?」
「ちなみに書くとしたら何話くらいになりそうだと自分で思う」
「100話ぐらいには終わりたいですね」
バチコーン!
どこからともなく先輩が握っていたハリセンで叩かれた。
「あんた初めて書く小説でその長さは自殺行為だわよ」
「え、そうなんですか?」
「悪いとは言わないけど、ジョギングを趣味にしようとしている人がいきなりフルマラソンに挑戦するようなものね。たまにいきなり走れちゃう人もいるけど、極まれのすごい人たちですからね」
「そんなにですか……」
「まずは、トレーニングとして読み切りなんかはどう?」
「読み切りですか……自分はもっと壮大なやつが――」
「まぁ、貴方の好みはだいたいわかるけどね」
先輩はあきれ顔で言う。
「じゃあこうしよう! この部活の入部試験という事でまずは読み切り一本!」
「はぁ……」
正直、武文は納得はしてなかったが、先輩の鬼気迫る顔に、読み切りでいくことに決めた。
「でもフーミンは一番大事なところは完璧ね」
「なんですか?」
「サムシングよ!!」
▽
それから、武文のデジモン小説家としてキャリアがスタートした。
プロットというものを書いては先輩に構成をだめだしされ(結構厳しい)書き直しもあったが、物語そのものには先輩は口出ししなかった。
そして、ある晩ついに自室でひとつの作品を完成する事が出来た。
読み切りを完成させるだけでここまで労力がかかるとは……正直予想外だった。
▽
翌日、現行データをUSBに入れて、部室のドアを勢いよくあける。
知らない人がいた。
背中まで伸びる長い黒髪の学ランを来た生徒が小説を読んでいる。。
(先輩、僕以外には部員いないって言ってたじゃないか)
その男子生徒は武文に気づくと、小説を読むのをやめた。無音の空気が充満し、武文は口を開く。
「あ、あの部員のののの方ですか?」
どもってしまった。
「いや、僕はここにある小説をたまに読みにくるだけだよ。そうか部員が入ったのか失敬」
男子生徒は立ち上がる。
学ランに長髪で、ものいえぬオーラにすごい威圧感を武文は感じたが、喋ってみるとまだ声変わりしてないあどけなさと、高くない身長のギャップを感じた。
少年は鞄を持つとそそくさと部室を出ていった。
上履きの色から見るに1年生のようだ。
(先輩と何か関係あるのかな)
程なくして先輩がやってきた。
「うっすー」
「どうもです先輩、小説、書き終えました!」
「おおー! おめでとう!! 読ませて読ませて〜」
先輩に最終確認をしてもらうために、USBから文章をPCにうつした。
早速先輩は小説を読み始める。
(目の前で読まれるというのはここまで恥ずかしいとは思っていなかった!)
「読み終わった」
「はやっ!!」
思わずタメ語をはいてしまう。
「まぁ、だいたいいいんじゃないのかな一つきになるのは――」
「どこですか?」
「最後んとこのこの"?”いるの?」
「それが僕の"サムシング"です!」
▽
いよいよ自分もNEXTに投稿する事になった。
始めてみる新規投稿の画面に、自分の小説をペーストする。
「あ、ハンドルネーム決めてませんでした」
「フーミンでいいんじゃない?」
「安易ですね!!」
しかし、武文はそれ以外思いつかなかったので渋々フーミンに決定した。
「そういえば」
「なんだいフーミン」
「先輩の名前ってなんていうんですか?」
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