ONCE AGAIN -伝説のテイマーの話-

・Ryuto氏の作品『ラストノベル』への一方的なアンサーノベルとなっております。




風はまた吹く 気付かないならかざしな人差し指を
陽はまた昇るゆっくりと その時立てろ親指を
(RHYMESTER 「ONCE AGAIN」より)



 “第10回ボレロ杯 エントリー受付開始!
 キングの座は誰に!?
十年目となるテイマーNo1決定戦、ボレロ杯!今年もついにこの季節がやってきた!常連から新人まで我こそはというテイマーは挙って参戦せよ!! ”

 そう派手な台詞で飾られたポスターを壁に貼りつけている。休日という事もありゲームセンター内は騒がしく、バトルコロシアムを使用しにきたテイマーや純粋に他のゲームで遊ぶ客が行きかう。中には貼り付け途中のこのポスターを眺めている者もいる。 10年目となるこの大会は非公式ながら公式であるD-1グランプリに劣らないほどの規模を誇っており、今年のポスターに注目が集まるのもなんら不思議ではない。
 休日にわざわざバトルコロシアムを設置しているゲームセンターをまわっているこの大会の実行委員長の自分としてはこういった目を留めてくれる人がいることは非常にありがたい事である。 
 ポスターを貼り終え、勇猛なテイマー達が集まりだしたあたりで次のゲームセンターに足を運ぶべく、他の場所でポスターを貼っているであろう後輩達と合流するためその場を背にした。その時

「伝説のテイマー、ムラサキさんですか?」

 後ろから自分の名前を呼ばれた。
 少年とも少女とも言えないその声はどちらにせよ幼い印象を受ける。 
またか。

 出来れば可愛い女の子がいいななんて淡い希望を抱き後ろを振り返ると、そこには小学生か中学生がそのどちらであろう少年が目を輝かせてこちらを見ている。ベルト通しにつけられれたデジモンギアを見る限り彼もテイマーなのだろう。

「あ!やっぱりムラサキさんですよね!? 僕、歳の離れた兄がいるんですけど黄金期のムラサキさんとエンジェモンの戦いはすごかったって聞いています!」

 ボレロ杯初代優勝者。
 その過去の功績だけが俺を今ここに存在させてくれ、同時に苦しませる。
 黄金期──確かにテイマーの数だけはダントツで多い。
 だがそれだけであった。
 今のデジモンシーンとはレベルの差が格段に低すぎる。
 そんな中行われた大会で優勝出来た事は確かに当時は誇るべき事だったかもしれないが、たったそれだけで今もこうして称えられ、伝説と呼ばれ心のどこかでそれに悦にひたってしまっている自分にはつくづく嫌気が差す。
 当時最強と言われた俺のパートナー、エンジェモンも彼のデジモンギアの中で蠢いて見えるアルフォースブイドラモンと闘ったならば忽ち瞬殺されてしまうであろう。
 少年は自分がまたテイマーとしての自分の戦いが見たいと渇望してくれている。まだ若いというのにデジモンへの愛は人一倍あるようで、当時の話などを聞かせてくれと頼まれる。適当な受け答えとサインだけをし、その場を離れた。

 残念ながら彼の願いは叶うかはわからない。
 テイマーとしてこの業界に戻る気はあった。だが、それは出来ないでいる。自分にだって多忙な普段の生活がある。只でさえこの大会の実行委員長としての仕事や、デジモンテイマー専門ラジオのパーソナリティや奇数月で発行されるD.M.MAGAZINE内のコーナーの執筆で手がいっぱいの状況だ。

 そして……何よりも今の俺には第一線で戦える実力は持ち合わせていなかった。




 土砂降りの雨が街に叩きつく。桜も散りきった季節、昼こそは暖かくなってきたが、夜や今のように雨が降っている時はまだまだ肌寒い。
そんな街並みを次のゲームセンターに向かう車中の後部座席から眺める。

「ムラサキさん、今年こそはボレロ杯出るんですよね?」

 けだるそうで、地に轟くようなロートーンヴォイスに視線を移される。車を運転している実行委員の後輩のブレイクだ。ひょろひょろの体だが、メガネの奥から覗く常に眉間にしわを寄せているような表情となによりその低音ヴォイスには後輩ながら中々の迫力がある。

「まぁ、でれたらでるよ」

 我ながら適当な答えだ。

「それ、去年も言ってたじゃないですか。出れたらじゃダメなんです」

「俺だっていろいろ忙しいんだよ。」

「おじいちゃんになってもデジモンは育てられます。少なくともロリコン貫くよりは容易ですよ」

 うう、とたじろぐ。相変わらずブレイクはきつい物言いだが、彼もまた自分の戦いを見たがっている者の一人でその発言も自分を思ってのこととわかっているからこそ、悪い気分はしないが、心のどこかが苦しめられる。

「そうですよぉ!黄金期、それも伝説のテイマーのムラサキさんの戦い、私も是非とも見させていただきたいです!」

 今度は助手席から割り込みが入った。茶色がかった髪が特徴的な女性、もう一人の後輩、フラワーだ。その声は可愛らしいがよく芯の通った声である。彼女はルーキーながら去年のボレロ杯では決勝トーナメントに足を運ばせ、今年はこの大会の副実行委員長を務めている。つくづく自分なんか足にも及ばないほどすごい人だと思うのだが、フラワーはなんの厭味を感じさせずに自分の戦いを渇望してくれる。

「別にそんな見たがるほどのもんじゃないよ」

 苦笑ぎみで答える。

「いえいえ!黄金期からこの業界にいて今ではボレロ杯の実行委員長まで務めるムラサキさんが育てたデジモンってだけで見たすぎます!」

「そうかなぁ……」正直言って、「ブランクが長すぎてどうやってデジモンと接すればいいのかも忘れてるかもしれないよ」
 ハハと笑い声も付け加えた後、自分が後輩に弱音を吐いてしまっている事に気づく。やってしまったと思った直後にはフラワーの渇が入った。

「そんな事でウダウダ言ってるよりもまずは育てちゃったほうが早いです! 私は伝説とか云々の前にムラサキさんのデジモンが見たいんです! そしたら……その時は私のガルちゃんと勝負しましょうね」

 フラワーの言葉は力強く第一線で活躍しているテイマーとしても、後輩としても心に響くものであった。
 
 そんなこと……か。



 夜、一通りの営業を終えを自宅で早速ボレロ杯のエントリーテイマーの管理を始めた。窓の外から聞こえる雨音は大分弱まっている。作業の気晴らしにYahoo!ニュースに目を通すと非常に目を引く記事タイトルがあった。

 “テイマードラゴン、プロへ転向”

 黄金期、共に切磋琢磨してきた同士、ドラゴンのプロテイマーへの転向を知らせるニュースであった。プロと言えどゲームのプロのあるアマチュアからプロへ転向しそれで食べていく事はのハードルはとても高いものであり茨の道である事は誰もが知っている。
 ドラゴンとは昔よく闘っていた。一時期は引退も考えたそうだが今でも第一線の若いテイマーの中に混じり大会にしょっちゅう顔を出しており、今でも彼とは交友があり、何度かラジオで対談をした事もある。
大会の成績はそれほどずば抜けて良いという訳ではなかったが、それでもかなりのトップランクに位置し、何よりデジモンを誰よりも愛する者であった。
 しかしプロへ転向とな…正直プロ化が厳しいこの現状では意外で驚かされた。同じ黄金期の仲間といえどグイグイ差をつけられ、今では天の上に行ってしまった気分だ。
彼こそが真の生きる伝説テイマーであり、自分は死んでも生まれてもいない偽物の伝説だ。
 記事をクリックすると、そこにはよく見慣れたエロそうなメガネをかけたドラゴンの満面の笑みの写真とニュース記事、軽いインタビューが掲載されていたので目を通す。

 “プロになって戦いたい相手は誰ですか?”

 ドラゴン(以下D):プロになって、というわけじゃなく、前からそうだったのですが、やはり黄金期の仲間である伝説のテイマー、ムラサキさんですかねぇ。

 “ボレロ杯実行委員長のムラサキさんですか? しかし彼は今はテイマーとして活動はしておらず実力も未知数であると思うのですがなぜでしょう”

 D:はい、黄金期に彼が活躍していた事は有名だと思うのですが、その後も実は何度か彼の戦いを見た事があるのです。なんというかテイマーとしてプレイスタイルってテイマーの数だけ存在すると思うんです。その中でムラサキさんもまた彼しか出来ないスタイルを持っていて、それが好きなんです。 それに懐古厨と言われたらそれまでですが、また何かすごいものを見せてくれるんじゃないかって思っていますね。


 こんな所で自分の名前が出るなんて心臓に悪いな……それにこの記事、買いかぶりだ。
 それにしても……。

 俺はこの業界にテイマーじゃないまま首を突っ込んできた。そして呆れるくらいに──



 良い仲間を持った。


 日付は0時を回った。窓を開けると雨は止んでおり気持ちの良い清々しい冷気を感じる事が出来た。
 机の引き出しを開けてデジモンギアを取り出す。久しぶりだな、こんなに時間かかってしまってごめんな。

 実力も言い訳もプライドも、はたまた伝説なんて肩書きも今はいらない。
テイマーになった最初の動機だけを胸に持ち俺はデジタマを孵化させた。

心の中でこう呟いて──



Three Times, twice, Once Again!!




<Again> (Yahoo!辞書より一部抜粋)
1 (同じことを)再び, もう一度(once more);あらためて(anew);((否定語とともに))二度と(…しない)

2 ((しばしばand [but] 〜, then 〜, and then [there] 〜の形で))(あることに加えて)その上に, さらにまた(furthermore);またその一方で(on the other hand)

3 前と同じように, 今回も

4 返して, 応じて, 答えて

5 元の場所[状態]へ(▼通例, 強勢を置かない)

6 さらにそれだけ, もう…だけ




おわり
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